5.ジョコボ
その孤児はアマリリスが怪しい大人に連れていかれそうになったところを助けてくれたのだそうだ。
それで恩人のその子を自分の執事にするのだと決めたのだという。
彼は名前をジョコボと名乗ったが、
「そうだわ! あなたは今日からジンよ!! これからよろしくねジン!」
と、なぜかアマリリスがジンと名付け直した。
意味がわからない。
ジョコボをなぜジンと名付け直すのか。それに7歳の女の子に専属執事など必要なのだろうか。
なによりどうみてもジョコボは人助けするような子には見えなかった。
しかしいくら怪しく思えても、アマリリスを助けてくれたというのを無下に追い出すわけにもいかず、戸惑いとともにジンは屋敷に受け入れられた。
そして取りあえずは下働きをさせることになったのだ。
離れるのは嫌だとアマリリスは頑張ったが、流石に拾った孤児をいきなり貴族のお嬢様付きにするわけにはいかないのだと言い聞かされ、慣れてから適性を見て考えたらいいと説得されてしぶしぶ受け入れた。
伸びていた髪を切り、風呂に入れられ下働き用のお仕着せを着せられたジンは驚くことに美少年であった。
これにはラベンロット伯爵夫妻も、執事のポワロも屋敷の皆が驚いた。
モリリナもビックリした。
埃と土やフケで汚れて灰色だと思っていた髪は実は黒髪で、長い前髪でほとんど見えなかった目は赤く輝いていたし、痩せすぎではあるが手足が長くスタイルがいい。
じつに貴族的な外見の男の子であった。
どこかの貴族の落とし子なのではないかとラベンロット伯爵は思ったようだ。
だがジンは親の事やなぜスラムに居たのかなど自分の事はけして話さなかった。
普段の会話では話しかけられたら答えるし、言われたことは真面目にする。
覚えも良く一生懸命働くので、最初は警戒していた家の皆にも段々と受け入れられていった。
アマリリスは当然のようにジンを自分の物のように扱い付きまとった。
皆は微笑ましくそれをみていた。
子供が仲良くじゃれ合ってるように見えているようだったが、モリリナにはジンがアマリリスを気持ち悪がってるように見えてしょうがなかった。
ある日シェフにおやつをねだり、内緒でクッキーを3枚貰ったモリリナは、庭師のペーターと一緒に食べようと彼のいる庭へと歩いていた。
厨房からすぐの曲がり角を曲がると、廊下の向こうを歩いてるジンが見えた。
そしてその時アマリリスが彼を探す声が聞こえた。
モリリナはジンがソッと隠れたのを見た。
階段の陰に隠れ、外を用心深く伺う赤い目と目が合ってしまい固まるモリリナ。
ジンは隠れていたのをモリリナに見つかったが、動揺もせずただジッとしていた。
彼はモリリナから目をそらすこともなかった。
再びアマリリスがジンを呼ぶ声が聞こえ、固まっていたモリリナがフッと息を吐く。
「言わないから大丈夫よ」
ジンは無言でモリリナを見つめる。
モリリナはため息をつき、ポシェットからクッキーを1枚取り出すとジンに差し出した。
「3枚あるから。私とペーターと食べて1枚余るから、ジョコボにもあげる」
「ジョコボ......」
「ジョコボでしょ。名前」
ジンはモリリナと差し出されたクッキーを見つめ、差し出されたクッキーを受けとった。
「......うん」
アマリリスがジンを呼ぶ声が近づいてきた。
「......わたし行くね」
アマリリスを避けるように小走りで急ぐモリリナが見えなくなるまで、ジンはジッと見つめていた。
ジンが屋敷から消えたのはその日の夜だった。
使用人部屋にあった小銭と厨房の食料を少し、そしてアマリリスの宝石箱からありったけの宝石を盗んで。
アマリリスは夜にこっそり寝室にジンを入れて一緒に寝ていて、貴重品が盗られてるのも気づかず眠りこけていたようだった。
アマリリスは怒り狂い、ジンを必ず探しだすと騒いだが、スラムに逃げ込まれたらほぼ見つけることは出来ないし、アマリリスの宝石も戻ってこないだろうと父親が話す。
父は宝石を盗られた事よりも、アマリリスが子供とはいえ異性を夜中に寝室に招き入れ一緒に寝ていたことに腹を立てていた。
ジョコボが屋敷に居たのは約1か月。
元から表情が薄かったジョコボの赤い目は、日に日にアマリリスへの嫌悪を浮かべるようになっていた。
皆が破天荒なアマリリスを溺愛するこの屋敷の中で、モリリナだけがそれに気付いていたが、
モリリナに彼を助けることは出来ず、ただ見ていることしかできなかった。
だからせめてジョコボが無事に逃げきれることを祈った。