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40.アドリレナ王

「あ、立たなくていい。面倒だから。そのまま楽にしててくれ」


アドリレナ王は気楽な感じに部屋に入ってきた。


モリリナは、ギアデロ王といい、王様って気さくな方が多いのかしらと思った。


王は空いていた1人掛けのソファーに座ると、皆を見回した後、侍女に声をかけた。


「いつものお茶じゃなくハーブティにしてくれ」


お茶を淹れて侍女たちが下がる。


「さて、と。あまり時間が無いんだ。ここに集まってもらったのは、ラベンロッド家のアマリリスについて、話しておこうと思ったからだ」


モリリナがハッとして、セシルは彼女の手を握り寄りそう。


「3年前ラベンロッドに密偵をおくりこんだ。俺の側近のレッドバードという男だが、今もラベンロッド領でアマリリスの片腕として働いている」


「働いている?」


「知らないの? アマリリス嬢は商会を開いたんだよ」

ウィル王子が不思議そうにモリリナに尋ねた。


時々、父や祖父母から手紙は届いていたが、そんな事は一言も書かれていなかった。

それ以前にアマリリスの事は何一つ書かれていなかった。


もしかしてモリリナに教えたら嫉妬するからと、気を使ったのかもしれない。


「はい。知りませんでした」


「そうか。リスロッド商会といってな、見境なく色々な物に手を出しているよ。要するに何でも屋だ。書籍もかなり出してるな。ウィル、そこの本棚に『先人の至極の一言 』があったはずだ。ちょっと取ってくれ」


本を受け取ったアドリレナ王は、ペラペラとページをめくり、

くだらん。と笑いながらモリリナに本を手渡す。


表紙には、大人になったアマリリス肖像画が描いてあり、口から雲みたいな絵が出ていて、その雲のなかに『先人の至極の一言』と書いてある。


下の方に、『貴方の生きる意味がここに!』とある。


ペラペラと捲ると、『そのままでいいんだよ』とか『涙の数だけ素敵に変わる』とか1ページに一言ずつ言葉が書いてあった。


「これが売れてるの?」

横から覗き込んでいたセシルが胡散臭そうな顔をする。


「まぁ、最初は珍しくて売れてたな。今は物語を出してるぞ。ウィル、そこに何冊かあるだろ。取ってくれ」


ウィル王子が数冊取ってモリリナ、セシル、ルイに各々渡す。


モリリナに渡されたのは『舌切り雀』という題名だ。

「雀って何かしら?」


ざっと読むと、小鳥の舌を切ったお婆さんが殺される話のようだった。


「セシルの見ている本はどんな話?」


「『ロミィとジュリー』という題名だよ。なんだか自殺の話みたいだ」


「こっちは『アライグマのラッキーちゃん』っていうアライグマという謎の生物を、しばらく飼ってから捨てる話だな」


ルイのはラッキーちゃんという動物の話らしい。


「他にもトランプとか福笑いとか売りだして、そっちはかなり儲かったと思う。だがすぐ真似されて、今ではどこの商会でも扱っているし、変わった料理を出すレストランも出店したが、そっちもすぐ真似されてたな。今では、他の商会が改良した物の方が売れている。リスロッド商会に商標の使用料は入るが、大儲けまではいかないだろうな」


皆のやり取りを黙って聞いていたウィル王子が、ルイを見て肩をすくめる。


「ルイ、それだけを聞くと、放っておいてもたいして害はなさそうに思えるだろう?」


「ああ」


「アマリリス嬢ははっきり言って、商売のセンスは皆無だ。アイディアというか、謎の知識が多少あるのは確かだけどね。しかも気分だけで動くから失敗もかなり多い」


ウィル王子がアドリレナ王をチラッと見ると、王はそのまま続けろと頷いた。


「それで謎の知識の方は放置で構わないだろうと父上は判断した。だけど問題は前にモリリナも言っていた件だよ。どうやらアマリリス嬢は人に暗示をかける」


「暗示?」


「レッドバードの部下は全員やられた。すぐにバードが気付いて回収出来たけど、危なかったよ。こっちの情報を漏らす寸前だったんだ」


「どういうことだ? 影の訓練を受けた奴らがそんな簡単に?」


ルイが動揺して勢いよくソファーから立ち上がり、ガタンっと大きな音がした。


「そう。僕も驚いたよ。彼等は特殊な訓練を受けている。本来ならそんなことあってはならない。それに洗脳ではなく暗示だった。その違いはわかる?」


「ああ一応習ったからな。価値観を変えるのが洗脳だ。国王派の人間を、貴族派に変更させたり。本人が納得して変わる。暗示は、それとは全然違う。そうか、暗示か......」


ルイは1人でぶつぶつ言いながら考え込む。


「セシル、暗示って?」

意味がわからなくて、セシルに小さい声でこっそり聞いてみる。


「僕もわかんない。聞いてみるよ」

セシルもモリリナの耳元に小さい声で囁いて、ウィル王子に向って手を上げる。


「僕よくわからないんだけど、教えてくれない?」


「ああ。ごめん。そうだよね。普通は馴染みがないのか。暗示っていうのはそうだな。例えば、僕がセシルに飲めない程熱いお茶を出して、丁度いい温度だよ。って暗示をかける。するとセシルは熱いお茶を丁度いい温度だと感じてゴクゴク飲んじゃうんだ。勿論、火傷するよ。けどセシルは熱いなんて感じない」


セシルとモリリナは顔をひきつらせた。


「それはとても怖いことだわ」


「自分で気付けないの? 実際に熱いのに?」


「そう。無意識を変えられてしまうんだ。熱いを温いに。石ころを飴玉に。嘘を真実に。モリリナはわかるだろう? 」


クッと喉が詰まる。


「あれは、皆が変わっていったのは......」


「モリリナ」


セシルが繋いだ手の指を絡ませてくる。


詰まっていた息がフッと漏れて、呼吸が楽になった。

深呼吸して、気持ちを落ち着ける。


「そのレッドバードさんという人は、アマリリスといても大丈夫なんですか?」


「ああ。父上の側近は皆、多少なりとも加護の恩賞を受けてるからね。アマリリス嬢の暗示は効かない」


「じゃあ、モリリナや僕も大丈夫ってこと?」


「君らもルイの加護の影響をうけてるだろうから大丈夫だと思うよ。でもモリリナは最初から平気だったよね?」


「はい」


「双子だからなのか、もともと影響を受けにくいのか。そこら辺は不明だな」




考え込んでいたルイが、アドリレナ王に顔を向け尋ねる。


「陛下、アマリリス嬢をどうするつもりですか?」



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