38.出国
ルイとグレンそしてセシルは一月程で山の小屋に戻ってきた。
マリアとジミー、モックと一緒に3人を出迎えたモリリナは、セシルが自分を見た時に少し緊張した顔になったことが気になった。
だが久しぶりに会ったので、モリリナも緊張して照れ臭くてセシルの目を見ることが出来なかったので、お互い様だ。
その夜、皆で食べる夕食はいつもより美味しく感じた。
小さな小屋なので7人で座ると食卓はぎゅうぎゅう詰めで、
動くと肘が隣の人にぶつかるし、
モックは間違ってセシルのお肉を食べてしまって、
セシルはそれが絶対わざとだと言い張ってケンカになって、
動揺したジミーがスープをこぼしたりして、賑やかでとても楽しかった。
食事が終わって各々が好き勝手に過ごしはじめた時、
「モリリナ、ちょっといい?」
セシルがモリリナを外に誘った。
差し出された手を取り、2人で手を繋いで外に出る。
「ちょっと歩くよ」
「うん。いいよ。どこに行くの?」
「ん。内緒」
少し硬い笑顔。いつものセシルと違うのでモリリナは少し不安になるが、一緒にいられることはやっぱり嬉しかった。
温泉の隅にある細い登り路は、登っても小さな岩だらけの行き止まりに出るだけだ。
だがそこをセシルはかまわずに登っていく。
夜なので暗い。
ゴツゴツした岩の道を月の明かりだけを頼りに登るので、モリリナは時々つまずいた。
その度にセシルに支えられ、なんとか転ばないでいられたが暗い道は少し怖かった。
足元ばかりが気になってずっと下をみて歩いているので、セシルが立ち止まるまで気付かなかった。
「モリリナ、着いたよ」
そう言われて顔を上げる。
行き止まりだったはずのそこは、バラの花園になっていた。
月明かりの中で、満開に咲く沢山のバラは各々が仄かに淡い光を放っている。
「すごい......お花が光ってる」
「こっちへ来て」
幻想的な光景に圧倒されて動けないでいたモリリナを、セシルが奥にある小さなガゼボに誘う。
ベンチも何もない小さなガゼボで、セシルは跪く。
「モリリナ。僕は君のことが好きで、好き過ぎて、いつだって頭がおかしくなりそうだよ。僕は君が望むならどんな事だってしてみせるから。だから、ずっと側にいさせてほしい」
「セシル......」
「これ、君に贈りたくて自分で作ったんだ。下手だけど。......受け取ってもらえる?」
セシルの手には、彼の瞳の色と同じ紫色の石のついた指輪があった。
紫の石は花の形にカットされていて、リング部分も銀色の蔦が絡まりあうデザインに細工されている。
「綺麗......セシルが自分で?」
「うん。モックに鉱山に連れて行ってもらって僕が掘り出した。それでギアデロ王に紹介してもらった親方に習いながら自分で作ったんだ。渡すまで内緒にしたくて。何も言わずに一月も留守にして、きっと心配したよね。ごめん」
嬉しかった。
胸がいっぱいになって苦しい。
「う、ん」
差し出す手が震え、返事の声も掠れてしまう。
セシルが真剣な顔で指にはめてくれた。
「ありがとうモリリナ」
泣きそうな顔でお礼を言われる。
お礼を言いたいのはモリリナの方だと思った。
セシルに出会って全てが変わったのだ。
自分の気持ちも伝えたいと思うのに、喉がグッと締まって声が出ない。
「泣かないで」
セシルに抱き締められて、モリリナは自分が泣いていたのを知った。
2人が抱き合っていると、花園のバラ達からいきなり光の粒が舞い上がった。
光の粒はピカピカと色と濃度を変え、花園を覆い尽くす。
気が付くと2人は光の竜巻の中心にいた。
「星の中にいるみたい」
「ごめん、興奮した」
申し訳なさそうに謝るセシルに驚く。
「興奮するとなるの?」
「力の暴走だよ。止められないから自然に修まるまで待たなきゃいけない」
「そっか。とても綺麗ね。......ありがとうセシル」
「指輪?」
「もちろん指輪もだけど。その他にも全部。わたしの嬉しい気持ちとか、幸せな気持ちとか全部、セシルのおかげなの。セシルが大好き。ずっとずっと一緒にいよう」
「......」
「セシル泣いてる」
クスクス笑うと、初めて唇にキスされた。
それは食べられてしまいそうなキスで、セシルにとても好きなのだと言われているみたいで、モリリナの心を少し痛くして、大きな幸福で満たした。
すごく激しかったので、想像していたファーストキスとは、かなり違かったけれど。
◆◆◆◆◆
こうしてギアデロでの生活が終わり、旅立ちの日が来た。
なんと、ジミーとモックも一緒に行くことになっている。
ジミーは芸術の勉強を本格的にすることになり、アドリレナに留学する。
モックは、ルイの所で働くとかいう話だった。
まだ8歳だし、小さい子供なのに働くのかと驚いたけれど、モリリナが知らないうちにルイやグレン、パパとママと話し合いがあったらしい。
最終的にモックの強い希望で決まったとか。
確かにモックは、今ではセシルやルイよりもずっと強いのだけど。
やっぱりちょっと心配してしまう。
モリリナは、才能がある人って結構沢山いるのだなぁと思っていたのだが、そうではなくてルイの加護の力なのだそうだ。
アドリレナの王様は代々そうして集まった人達を、側近として国を護ってきたのだと、ルイに教えてもらった。
ジミーとモックの馬はキアデロ王が用意したので、各々が自分の馬に跨がる。
「行くぞ!」
グレンの声に走り出す。
寂しいな。とモリリナは思った。
名残惜しい気持ちで後ろにチラッと目をやる。
「!」
遠ざかるギアデロの王都。王都を囲むように造られている外壁の上に立つ人が見えた。
「チェリー!!」
モリリナの声に後ろを振り向くジミー。
ジミーはチェリーの姿を見て、少し驚いたようだったけれど、そのまま何も言わず前を向いて馬を走らせる。
ジミーは牧草広場で大泣きしたあの日からチェリーと話していない。
喧嘩別れではないけれど、距離を置いた。
モリリナにはチェリーは予測不可能過ぎて何を考えているのかはわからない。
だけど、なんとなくあの壁の上で、チェリーは泣いてる気がした。




