37.女神の加護
ギアデロに来たばかりの頃は、暮らしに慣れることに精一杯であっという間に日が過ぎた。
その後、チェリーが現れて、
ジミーが友達になって、
モックがグレンの弟子になった。
そしてアドリレナを旅立ってから、早いもので3年が経とうとしていた。
モリリナは11歳になり、背が少し伸びた。
山の生活にも仲間が増えた。
いつからかわからないのだけれど、モリリナが気付いた時には、ジミーとモックが家に帰らないで牧草広場に住んでいた。
ギアデロ人は色々気にしない質なのか、彼らは草の上にそのまま寝ていて、着替えや最低限の荷物もない。
荷物といえば2つだけ。ジミーのスケッチブックとペンくらいだ。
着ている服は風呂で洗って、乾くまで裸でいる。
目のやり場に困るけれど。
そういう自由さはかっこいいなとモリリナは思う。
自分も男の子だったら真似をしたいところである。
◆◆◆◆◆
その日、小屋の小さな居間ではモリリナ、セシル、ジミー、モックが朝食を食べていた。
グラッ
地面が揺れた。
「地震?」
セシルがモリリナを守るようにくっつく。
「ん~? おれこれ違うと思う」
「はい。私も違う気が......」
モックとジミーが不思議そうな顔をしている。
ギアデロは地震が多い。火山が沢山あるからだ。
噴火の時に揺れるのだ。
グラッ
もう一度揺れて、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴと地底から響くような音がしたと思ったら、
『シャンシャンシャンシャン』
モリリナの頭の中いっぱいに鈴の音が鳴り響いた。
「なに?!」
「わぁ!」
「モリリナ!」
「モリリナ様!」
セシルに抱え込まれ、その上から台所から走ってきたマリアが2人を抱え込む。
『シャンシャンシャンシャンシャンシャン!』
痛いくらいに鳴っていた頭の中の鈴の音が、唐突に止んで、静寂。
皆で顔を見合わせる。
「「「女神様!!」」」
急いで小屋の外に出る。
ルイの篭る岩壁の割れ目から紫色の眩しい光が溢れていて、眩しくて直視できなかった。
その光が少しずつ小さくなって消えた時、割れ目からルイが現れた。
ルイは変わってないように見えて、全てが変わっていた。
「......加護を、授かったんだ」
セシルが呟くように口にした。
モリリナはなにが凄かったのかを言葉にすることができない。
だけど、そこに女神様を感じた。
圧倒的な力がそこにはあって、
この神様はとても強くて、とても恐い神様なのだと思った。
「次代の王よ」
グレンがルイの前に跪く。
「ああ、加護を得たよ」
前と同じなのにどこか違うルイがグレンに笑いかけた。
モリリナもセシルもマリアも、ジミーにモックもルイをじっと見ていた。目が離せなかった。
「なんだ? あんま見るな。それよりマリア、腹減った。食べるものをくれ」
モリリナはルイがお腹を減らしてるのを見るのは3年ぶりだった。
「は、はい!! すぐに! すぐにご用意いたします!」
マリアが台所に走る。
緊迫していた空気が緩み、皆でルイを囲む。
「おめでとうルイ。やったな」
セシルはルイに肩パンした。
「ルイおめでとう! 凄い! 凄いわ!」
モリリナは興奮して跳び跳ねた。
「お、おめでとうございます」
ジミーはもじもじしていた。
「ルイ兄やったねぇ」
モックはルイの周りを躍りながらぐるぐる回った。
「おう。ありがとう!」
ルイが嬉しそうに笑った。
◆◆◆◆◆
次の日ルイは、加護を授かったことをギアデロ王に報告に行った。
そしてそのままアドリレナ王太子のギアデロ滞在は公表され、ルイは外交のためにしばらく王城に滞在することになった。もちろん護衛のグレンもだ。
そしてなぜかセシルも一緒にいってしまった。
そんなわけでモリリナは寂しく日々を過ごしていた。
マリアとジミーとモックはいるから孤独ではないけれど、
セシルがいないのは心が欠けたような、そんな足りなさを感じてしまう。
「モリーちゃん。フライに乗って遊びに行こうよぉ」
なんとなくボーッと過ごしているモリリナに、モックが馬でどこか遊びに行こうと誘ってきた。
「うん。いいよ」
「おれはフライにモリーちゃんと2人で乗りたいの。セシルがいるとダメって言うでしょぉ? 今いないから」
セシルはモックは子供っぽい演技をしてるだけで、中身は大人と変わらない確信犯だと思っていて、モリリナに甘えるモックにとても厳しいのだ。
そんなわけないのになぁ。モックはこんなに可愛いのに。とモリリナは思う。
モックは8歳になったが見た目は5歳くらい。
髪型とか頭の形が相変わらずドングリみたいで可愛い。
明るくて無邪気な所も、黄色いスモックをいつも着ているのも可愛い。
「いいよ! たまには2人で乗ろう!」
「やったぁ! おれ前! モリーちゃんに寄りかかって乗るの!」
2人でキャッキャッとはしゃぎながらフライに乗って駆け出す。
フライも岩山にはもう慣れて、岩でゴツゴツした道を危なげなく進む。
「そういえば、チェリーは最近どうしてるの? あんまり話を聞かないけど」
「姉ちゃん? あのねぇ、姉ちゃんどこかでお酒を覚えてきたの。それで飲み歩いてて帰ってこないってママが怒ってたよぉ」
「お酒?!」
「そう。たぶん王様が飲ませたの。王様、モックにもお酒勧めてくるし」
そういえばモリリナが初めてモックの家に行った時も、ご飯とお酒が出たな。と思い出す。
あの頃は大変だった。
チェリーはセシルに振られた後も、1年位は付きまとっていた。
ある時セシルが9歳だと知って、嘘みたいだがほんとうに一瞬で熱が冷めたのだ。
「ギアデロは、子供にお酒を普通に出すよね?」
「そーねぇ。ギアデロ人は皆お酒大好き。ドワーフの子孫だもん。子供も隠れて飲むよぉ」
「えっ! モックも?!」
「おれぇ? うふふ。わかんない」
「あやしい! モック!」
「きゃはは! でもねぇ、パパとママは親の勘? で姉ちゃんにお酒絶対飲ませなかったの。嫌な予感がするって言ってたよぉ」
「なんとなくわかるかも」
「王様それ知らなくて。でも、たぶん姉ちゃんが王様におねだりしたんだとおれは思うの」
「ふむふむ」
「それでね、パパとママの勘が当たって。姉ちゃんはお酒の虜なの」
「虜かぁ。でも帰ってこないって、いつもどこにいるのかな。心配だね」
「帰ってこないけど、酔っ払って道で寝てるの時々見るから大丈夫だよぉ」
「えっ」
大丈夫なのだろうか。チェリーも19歳の女の子なのだが。
だがジミーやモックのワイルドさを知っているので、ギアデロ人とアドリレナ人は、常識とか感覚がけっこう違うという事をモリリナは知っている。
「そっか。心配だけどモックが大丈夫って言うならいっか!」
「そ~だよぉ」
モックとお喋りしながらフライに乗っていたら、小屋に着く頃にはモリリナもスッキリした。




