36.モックのお師匠さま
「エイッ!」
「ヤァッ!」
「まだまだ。もっと速く動け」
「ヤッ! ヤッ!」
いつものように、グレンの稽古でフラフラになって、地面に座り込んでいるモリリナ。
途中から参加したセシルと、膝を付いて乱れた息を整えているマリア。
3人は先程から続いているモックとグレンの稽古を、呆気に取られて見ていた。
モリリナ達の稽古はいつも通り、力量が違いすぎてあっけなく終わったのだが、
モックとグレンとのそれは、3人を合わせたより長く続いている。
「トォッ!」
モックがグレンの足元にスライディングキックして躱され、踏みつけられた。と思ったらそこに居なくて、
「エイ!」
いつの間にか高く跳んでいたモックが、上からグレンの頭を蹴る。
が、全く効いていない。
そのまま足を捕まれ高速で振り回される。
「キャー! キャハハ!」
笑いながら尺取虫のように身体中グニグニと動いて、捕んでいる手をヌルリと外し、くるくるっと回りながら地面に着地する。
「ガオ~! ワン! ワンワン!」
四つん這いで犬のように走り、グレンのアキレス腱に噛みつこうとして蹴り上げられるが、そのまま足にしがみついて離れない。
モックは楽しそうにキャッキャッ笑っている。
「ふん」
グレンが足にしがみつくモックを地面に叩きつけた。
モックは丸くなって、その勢いのまま地面をバウンドする。
何度もバウンドし、速度を上げて上空からグレンを襲う。
「え? モック?」
「モリリナ、あの子、人?」
「た、たぶん」
グレンに躱され、丸くなったまま地面を高速で転がる。
足元に来たモックを容赦なく踏み潰すグレン。
「......モック!」
「かはっ」
踏み潰されたモックが血を吐いた。
「ふむ。ここまでだな」
グレンが告げ、そこで稽古は終わりになる。
「モック!」
「モリーちゃん。痛ぁいよぉ」
駆けよったモリリナに抱きついて、またお腹に顔を埋めるモック。
「あっ!」
止める間も無く、モックがセシルにつまみ上げられ、放り投げられた。
油断していたので躱せずに体の小さいモックは吹っ飛び、岩壁に激突する。
「モック!」
セシルに強く手を繋がれて、近づけないモリリナの代わりにマリアが様子を見に走る。
マリアは、岩壁にぶつかって地面に落ちて倒れているモックの口元に、掌を近づけて息をしているか確かめている。
「生きてます!」
「当たり前だろマリア。さっきの見てたら、あれくらいで死ぬような奴じゃないのわかるよね」
「セシル、小さい子なのよ」
「......あの子何歳?」
「5歳よ」
「は? 2歳くらいかと思った」
「ギアデロ人は小さいから」
「余計ダメだよ。5歳なんて、君のお姉さんがウィルに恋した歳だし、僕らと3つしか違わないじゃないか」
セシルがモリリナを叱っていると、モックが起き上がりキョロキョロしだす。
「あ、起きたわ」
モックは、少し離れたところで、素振りをしていたグレンを見付けると、目を輝かせて近づいていった。
「明日も来ていぃ?」
いきなりグレンの脚に抱きついて、甘えた声を出す。
「......姉さんも頭おかしいけど、弟も相当変だろ」
セシルがボソッと言うのに、モリリナは否定できなかった。
「ああ」
グレンはどうでも良さそうに答えたが、モックは大喜びだ。
「お師匠、お師匠」
と、面倒臭そうにしているグレンに纏わり付く。
モックのグレン大好きオーラが凄い。
「......今日はこれで何か倒してこい」
小さなナイフを渡されている。
「はぁい!」
モリリナの見る限りでは、グレンは煩くて面倒臭かったのではないかと思うのだが、
モックは貰ったナイフを持って、物凄く張り切って、どこかに走っていった。
「好きになるとちょっと暴走する姉弟なのね。ギアデロ人は皆そうなのかしら」
「まさか。あんなの沢山いたら嫌でしょ。ほら、ジミーと比べてごらんよ。あの姉弟が異常なんだと思う」
「ジミーもわりとネチネチしてると思うけど」
「いや。ジミーは相手の迷惑とか考えないで突撃したりはしないでしょ。あいつは静かに付きまとうからね」
「どっちにしろ付きまとってるわ」
「......確かにそうか。じゃあ、あの3人の頭がおかしいだけだよきっと。皆があんなだったら国がおかしくなると思うんだ」
「言われてみるとそうね」
「そんなことより、午後モリリナの予定が無ければ、街に行かない? 君が好きそうな、揚げ芋の屋台を見つけたんだよ」
「えっ! 行きたいわ!」
「決定! 楽しみだね」
午後になり、セシルと一緒に街に出たモリリナは、油で揚げて蜜をまぶした甘い芋をとても気に入り、モックのことをすっかり忘れていた。
2人が小屋に帰ったのは夕方で、その頃にはジミーもモックも帰った後だった。
小屋に近づいた時、血抜きのため軒先に吊るされている岩兎に驚いた。
それがモリリナの半分くらいの大きさがあったからだ。
はっきり言って、モックより大きい。
どうやって運んできたのかしら。と不思議だったけど、昼間の動きを見た後だったので、
あり得ない事では無いのかな。と思った。




