31.初めてのケンカと、譲れないもの
ギアデロは貴族のいない国だ。
だが国王と王妃と王太子はいる。
元々ギアデロ人は職人気質で権力には興味がないので、
王はみんなのリーダーという立ち位置であり、普通にそこいら辺を歩いていたりもする。
そして、モリリナ達の住む小屋にふらっと遊びに来ることだってある。
その日、ギアデロ王はセシルとモリリナに会いに来ていた。
「すまんのぉ。モリリナ嬢にはほんとうに申し訳ない」
「大丈夫です王様。怪我も大したことないです。それにわたしもやり返したので」
セシルは機嫌悪くそっぽを向いている。
モリリナはというと、右目は青あざが出来て腫れて塞がってるし、鼻も赤い。
両頬っぺたも赤く腫れて薬草の湿布を貼られていて、唇も切れていて痛々しい。
見えないが手足にも打撲やひっかき傷が出来ていた。
とんでもないことになっているのだ。
何故こんなことになったかというと、話は数日前に遡る。
◆◆◆◆◆
セシルは、モリリナに食べさせるお菓子を買いに街へ出ていて留守だった。
グレンは何処にいるか不明だが、どこかでルイを守っているのだろう。
マリアは台所でなにか作っていた。
モリリナは牧草地でフライと遊んだ後、草の上に寝転がって昼寝をしていた。
顔の上に影が落ちて目が覚める。
目を開けると、先日の女の子が覗き込んでいた。
王妃の姪でセシルに一目惚れした例の子だ。
ビックリして飛び起きるモリリナ。
女の子の後ろには、オドオドしたソバカスだらけの赤毛の男の子がいる。
「な、なんですか?」
「あなたに話があって来たのよ!」
「え! わたしに?」
この間の騒ぎを思い出すと、なんだか怖いし、絶対ろくでもない話に違いない。
「わたしに話すことは無いです。悪いけど帰ってください」
「何ですって! 私にはあるのよ!」
すごく短気なようで、いきなり真っ赤になって激昂する。
「どうせセシルの事でしょう? 話すことないよ。わたしはセシルが大好きだからあなたに渡す気なんか無いもの」
「なんなのよ! 人が頼みに来たのにその態度!」
いきなり殴りかかってきて、思いっきり頬を張られる。
「なにするの!」
モリリナも負けじとやり返す。
女の子の頬をグーで殴ると、その子は後ろによろけて転んだ。
あ、やりすぎた? 大丈夫かなと一瞬心配したが、
真っ赤な顔で睨みつけてきたので、こっちも睨み返す。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
いきなりタックルされて地面に倒され、その子はモリリナに馬乗りで人の顔を殴ってきた。
滅茶苦茶に振り回される両手を捕まえて関節をねじると、悲鳴を上げ飛びのく。
すかさず上にのり、両方の頬っぺたをギューッと思いっきりつねってやる。
ゴンッと音がして後頭部が痛い。
どういう体の柔らかさなのか、足で後頭部を蹴って攻撃してくるのでたまらず離れる。
向こうも立ち上がり、2人で向かい合いにらみ合う。
はぁはぁはぁ と互いの息遣いと、
女の子の後ろに居たオドオドした赤毛の男の子の「やめてぇ やめてぇ」という泣きべそな声だけが聞こえる。
ぶつかり合い、正面から組み合う。
足をかけて投げ技を掛けようとするが、かわされて逆に引きずり倒された。
相手は関節技の心得があるのだろうか、がっちり押さえ込まれて動けない。
負けてたまるかと、押さえている腕をがぶっと噛むと、
ビクッとして、驚愕したようにモリリナを見てくる。
腕が放れたので取っ組み合いになる。
もう何が何だかわからなくて滅茶苦茶に暴れた。
相手の頭突きが鼻に当たり、温かいのと血の味で鼻血が出たんだと感じた。
手も足もどこでも当たれと、振り回す。
向こうはパンチに集中しているようで、重い一撃が連続で繰り出される。
拳が目に当たる。
頭がクラクラして一瞬落ちたが、頭を振って気を取り直す。
鼻血を親指でピッと拭い飛ばし、血の味の唾を吐く。
吐いた唾は赤かった。
口の中を切ったのだろう。
唾を吐くとか、初めての経験で、ワイルドな自分の仕草にちょっと興奮する。
顔をガードしながら相手の脛をガシガシ蹴る。
痛みで動きが止まった所を回し蹴りするが、簡単に避けられてしまい空振り。
バカにするようにニヤッと笑われムッとする。
「うおー!」
腕を振り回して襲いかかる。
よくわからないが、滅茶苦茶に振り回した腕が相手の鳩尾に入った。
フラフラしながら睨んでくるその子の顔は不屈の戦士のようだ。
「ぐおぉぉー! 人間ハリケーン!」
腕を平行にしてグルグル回って近づいてくる。
「遅いっ!」
モリリナはさらっと避ける。
「ランニングバーストシュート!!」
「トリプルジャンピングスマッシュ!!」
その子はその後も何がなんだかわからない必殺技を次々と繰り出してきた。
......どのくらいの時が過ぎたのか。
日は傾き、夕暮れが近い。
動けないほど消耗した2人は、牧草の上に大の字になっていた。
赤毛の子は離れた所でうずくまって泣いている。
いったいこの子は何なのか。
興味津々に近寄ってきたフライが、モリリナを鼻でツンツンする。
「う゛う゛......ぎょうば、がえるわ......」
ヨロヨロと立ち上がると女の子。
「もう゛ごないでよ」
もう来ないでよ。と言ったのだが、口が腫れてるのか変な感じで上手く喋れなかった。
フラフラと立ち去るその子の後を、赤毛の子が追う。
モリリナはしばらく動けなくてジッとしていた。
はじめて喧嘩してしまったわ。と思う。
勝てなかったけど、いい線いってたのではないかしら。
なにより、負けなかった。
それが嬉しい。
セシルを渡したくなくて、ちゃんと戦えたことが誇らしく思えた。
大切なものを守れた。
その後少し休んでから小屋に戻ると、マリアがモリリナを見て失神した。
ちょうど帰ってきたセシルも動揺して大変だった。
グレンだけが平常通りで、普通に怪我の治療をしてくれた。
◆◆◆◆◆
まあ、そんなことがあり、セシルが大激怒をして、マリアも大激怒して、
なんやかんやあり、
王が出張ってきたのだった。
「チェリーも悪い子ではないのだ。なんというか、真っ直ぐな子なのだ。まぁ言い方を変えると単純でな......本能で動くというか。まぁあの。あれでも陰険さとかネチネチしたところの全く無い可愛い子ではあるのだよ。嫌わんでやってくれないか?」
「嫌ってないです。でもセシルのことは絶対譲れないだけです」
「僕は最初から嫌いです! 第一、最初から嫌だって言ってるのに......諦めさせるって言ったじゃないですか!」
「す、すまん。脱走したのだ」
プンっとそっぽを向くセシル。
「王様、わたしチェリーさんと話してみたいです」
「は? モリリナ! 危ないよ! また殴られたらどうするの!」
ギアデロ王はパアーっと笑顔になる。
「いいのか?! ありがとうモリリナ嬢! 実はあの子もやりすぎたと思ったのか、落ち込んで部屋から出てこなくなってしまったらしいのだ。どうしたものかと思っていたんだよ」
「はい! 話してみます!」
モリリナはどうしてもチェリーにセシルのことを諦めてもらうつもりだった。
誰かがセシルを狙ってると考えただけで、気持ちが落ち着かないし、嫌だから。
次も負けないぞと意気込むモリリナを、セシルが心配そうに見ていた。




