28.セシル・ジマーマンの才能
ギアデロの山での暮らしに必要なものを王都で揃え、
山の麓の商店に、週に1度食料の配達をしてもらうよう手配した。
問題はフライ達、馬の飼葉だった。
ギアデロは農地が殆ど無いので、飼葉が手に入りにくいのだ。
この国は馬ではなく、岩蛇と呼ばれる大きなトカゲに乗って移動する。
岩蛇はギアデロの岩を食べる特殊な生き物で、この国だけの固有生物だ。
そんな訳で、馬の飼葉は輸入に頼ったものしかなく希少なのだ。
その日、モリリナはセシルと温泉の下にある広場に来ていた。
ここは湯を溜める穴を掘った時に出た岩の塊を捨てていた場所らしくて、ゴツゴツの岩が散らばり足の踏み場もないような状態だった。
それをグレンが一晩で片付けてしまった。
モリリナは寝ていて全然気づかなかったが、朝起きたら散らばっていた岩が無くなっていたのだ。
そして広場が出来ていた。
唖然とするモリリナにルイが、
「グレンが鬼神と呼ばれているのは強いからだけじゃない。人知を超えた何か。という意味でそう呼ばれてるんだ」
と教えてくれた。
出来たばかりの広場の真ん中にセシルと立つ。
「モリリナ。この間、僕のジマーマンの才能を教えるって言ってたでしょ。見せてあげる」
セシルがしゃがんで地面に両手を置く。
すると、セシルの手を置いた場所からブワッと岩が土に変わっていく。
モリリナは驚いて声も出ない。
セシルはそんなモリリナを見てフフッと笑い、立ち上がるとポケットから何かの小袋を出した。
「これはね、種だよ。来るときに牧草の種を持ってきたんだ」
そう言うと、中の種を掌に出して、ふうっと息を吹きかけた。
そんなに強く吹いたようではなかったのに、種は高く広く飛んで、
広場中に舞い落ち、土に落ちると一瞬で芽吹いた。
「後は水だね。父上に一番下の湯の穴から水を引いてもらわないと。水をあげたら一気に育つよ!そしたらフライ達を連れてこようね!」
セシルはモリリナにニッコリと笑う。
「ああ! モリリナの口がパクパクしてる! 前にそれでルイとウィルに笑われてたね。ふふふ! 本当に可愛い!」
セシルにぎゅうぎゅう抱きしめられて、少し落ち着き口を閉じた。
2人の周りには、あっという間に牧草が芽吹いた広場があった。
「すごい!! セシルがしたのね! これがセシルの才能?」
「うん。緑の手だよ」
「緑の手? 子供の頃に絵本を読んだことがあるわ!」
「それはたぶん僕の先祖。僕の前の緑の手はだいたい200年前だよ。そのころは僕達一族はアドリレナではない遠い異国に住んでいたんだ」
「200年! あのお話の緑の手の女の子がセシルのずっと前のお婆様だなんて、わたしその絵本が大好きだったの!」
「そっかぁ。それは嬉しいな」
「植物を育てることが出来るのよね? 岩も土に変えていたわ」
「うん。なんかわかんないけど出来るみたい」
「そうかぁ。素敵ね。だからジマーマン家の庭は綺麗だったのかぁ」
「ううん。あの庭は普通にうちの庭師がしたよ」
「そうなの? セシルがしないの?」
「あんまりやらないようにしているんだ。今みたいに僕がやりたい時と、飢饉で人が沢山死んでしまいそうな時はするけど。あ、あと、絡まれると面倒くさい相手に頼まれた時に少しだけ」
「それはなにか理由があるの?」
「モリリナの読んだ絵本の僕のご先祖様のようになりたくないからね。彼女は王を愛してしまったんだ。その王は民の幸せを望んだ。まぁそれは当然なんだけどさ。それで彼女は民を豊かにするために、皆のために力を使ったんだよ。そしたらどうなったと思う?」
「あのお話では、みんな美味しいご飯や果物を食べて幸せになって終わったわ。本当は違うのね?」
「戦争が起こったんだ。皆、彼女が欲しくなった。自分だけが豊かになりたいってね」
「そんな......それで彼女はどうなったの?」
「消えた。戦争で王も殺されて、嫌になっちゃったんだよ全部」
「どこに行ってしまったかわからないの?」
「うん。わからない。でも僕らは飢えることは無いからね。案外どこかでしぶとく長生きしたのかもしれない」
「そうだといいわ......素晴らしい能力だけど、大きな力はそれだけで危うい力でもあるのね」
「ジマーマンではね、人の為に才能を使うなって教えられて育つんだよ。人の為に尽くすと、結局は悲劇を生む。僕たちは神じゃないからね。元々人間には分不相応な力なんだ。自分の為だけに小さく小さく使うようにって」
「小さく小さく?」
「そう。きっとその為に僕達は1つのものに執着するんだと思う。大切なものを沢山持たないように。1つのものだけを大事にして小さく狭く密やかに生きるんだ」
「1つのものだけ......セシルはわたしを選んでくれた......セシル、わたしあなたに会えなかったらきっとこんな風に幸せに笑ってなんかいられなかったと思う。でも、してもらってばっかりで、わたしは何もしてあげれてなくて助けてもらってばっかり。ごめんね」
「モリリナが側にいてくれるだけで僕は幸せ!」
セシルがモリリナの手を握る。
「つらい時も楽しい時も、どんな時だってずっと一緒にいよう! モリリナが大好きなんだ!」
セシルと手を繋いでグレンの所まで走る。
その後、グレンが浴場から広場まで水の通り道を作って、広場の牧草はモシャモシャと元気一杯に生えた。
温泉の水で牧草が育つのが不思議だったが、セシルがここに居て、そう望めば育つのだそうだ。
不思議だけど、世の中には色々なことがあるのだなと思うモリリナだった。
フライが牧草を美味しそうに食べていたからそれでいいのだろう。




