22.◉アマリリス① (視点アマリリスで③まであります)※(注)①はムナクソかも。苦手な方は飛ばしちゃって下さい。
いつからなのかわからない。
気がついたら真っ暗な闇の中を漂っていた。
ここはどこなのか。
自分が誰なのかも、
濁った思考の中でうやむやで、
ふわふわ漂う。
眠ることも考えることもない生ぬるい空間は心地よく、
私はこのまま溶けてなくなってしまうのだろう。
それがいい。
気持ちいい。
心地よさに全てをゆだね、
わずかに残る自我を手放そうとした時だった。
遠くに光を感じた。
暗闇を心地よく感じていたはずなのに、
その光は眩しくて、美しくて、愛おしく、
私は引き寄せられるように近づいていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
眩しくて目を開けた。
「ここは?」
今度は白い世界にいた。
さっきまで闇の中で消えそうになっていたのを覚えてる。
光を見つけて、そこに向かったんだ。
ぼんやりしていた意識が、だんだんはっきりしてくる。
私は死んでいる。
それはわかっている。
何故わかるかというと、自殺したからだ。
クソみたいな底辺ホストにハマって、会社の金を横領して、
全部が嫌になって首を吊った。
くだらない人生だった。
何もかもが思い通りにならない。
いつも満足できなくて、もう耐えられなかった。
リセットしたくて死んでやった。
ざまあみろ。
人生の最後の記憶は、
薄れる意識の中で私は失禁して、自分の尿がやけに温かくて気持ち良かった。
そこで意識は切れた。
「カッコ悪っ!」
全く自分らしいマヌケな最後だ。
漏らしたおしっこが温かくて気持ちいいなぁ。なんて思いながら死ぬなんて笑い話にもならない。
「あー。ここはどこだろ?」
キョロキョロ見回すが、何もない白い空間だった。
「なんだこれ。こういう地獄?」
なかなか地味に嫌な地獄だなと思いながら、歩きまわっていたら、
白い影みたいな小さな人がいた。
真っ白くてちょっと光ってて、全体の輪郭は子供。
顔はモヤがかかってて見えないし、男か女かもわからない。
「ねぇちょっと!」
その白い子供に近づくと、それは私に気付いて、ビクビクして怯えてた。
「ここどこ? あんた何?」
逃げ出そうとしたそいつを捕まえて、思いっきり掴んで、揺す振ってやった。
どうせここは地獄なんだろうから。
なにをしたってかまわないんだ。
小さくて子供みたいだと思ったけど本当に子供だったみたいで、
ヒックヒックと泣くそいつを、「うるさい!」と言ってめちゃくちゃに殴る。
スッとした。
白い影みたいな体なのに、叩かれると痛いみたいで、そいつは震えながら丸くなって泣くのを我慢してた。
「あんた名前は?」
「☆○★△♡=◇~☆△・@○~」
「はぁ?」
駄目だこいつ。言葉が通じない。
「@☆△◇?#~!」
「うるさい!!」
何かペチャクチャうるさいしムカついて、拳を振り上げたらそいつは黙った。
「あーもう最悪。こんな何もない所で言葉もわかんない変な奴と一緒とかありえない」
私は自分の不運さを嘆く。
ついでに思いっきりげんこつを落とす。
不快にさせた罰だ。
いつも私は何も悪くないのに、運が悪くて全てが悪い方悪い方にと進んでいく。
リアル悲劇のヒロインなんだ。
「イライラするわ。あんたあっち行ってよ。見てるとムカつく」
あっち行けとジェスチャーで追い払うと、怯えたように逃げて行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
もうどれくらいこの白い世界にいるのだろう。
朝も来ない。当然だが夜も来ない。
眠くなることもないし、お腹も空かない。
あの白いのと2人きりで、ずいぶん長い時間が過ぎた気がする。
狂いそうになる鬱憤を、白いのを殴ることで発散する。
ここに来るまで、人なんか殴ったことなんて無かったけれど、最近はずいぶん上手になった。
私、格闘技の才能あるかも。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ああ。退屈。
あいつを虐めるのも飽きてきた今日この頃だ。
実は、最近物凄く気になっていることがある。
あいつの体は白い影で、顔もモヤモヤしていてよく見えなかったはずなのだけど、
最近は、時々小さな女の子に見える時があるのだ。
それもめちゃくちゃ可愛い外国人の女の子の姿が重なって見える。
最初は見間違いなのかとも思ったけど、見える頻度がどんどん増えていて、不安になる。
これは勘というか、何となくなのだけど、あいつ、まだ死んでないんじゃないの?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
言葉も通じないし、怯えるばかりで腹が立つ。
だけどあんな奴でもいないと困る。
こんな所で1人になりたくない。
あいつが生きているという疑惑を持ちだしてから、見えるところに居ないと不安になるので、いつも近くで見張るようにしている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フッとあいつを見たら、見た目が変わってた!
時々重なって見えていた女の子の姿になっている!
いつの間に?!
驚いて固まってたら、唐突に、空間がじわっと滲むようにブレた。
一瞬後、あいつの目の前にゲートが出来ていた。
長四角の扉のないゲートの向こうには、別空間みたいな、こことは違う景色が見える。
なんだろう、テレビで見るような西洋のお屋敷の子供部屋?
ずっと色のない世界に居たから、その世界の色は鮮烈で魅力的だった。
あいつが自然に、当たり前のようにその中に入ろうとした。
とっさに横からタックルして掴みかかり、こちらに引きずり戻す。
頭の中が怒りで真っ赤に染まった。
行かせるはずがないだろう!
私が行きたい!
そうだ私が行く!
私が行く! 私が!
お前の代わりに!
暴れるあいつの首を思いっきり絞める。
あいつの瞳孔が恐怖でビックリするほど大きく開いて私を見る。
薄い緑の瞳は宝石みたいに綺麗だ。
こんなに美しい人間を見たことがなかった。憎たらしくて、頭に血がのぼる。
じたばた暴れるが、小さな女の子の力なんてなんの意味も無い。
振りほどけるなら振りほどいてみろ。
嫌なら私を殺せよ。
それが無理ならお前が死ね!!
ギャハハハ! 死ね!!
ゴギッと音がして、首の骨が折れて、ハッと我に返る。
ヒューヒューと呼吸音をさせ、鼻水と涙を流しているあいつを可哀想に思う。
興奮して酷いことをしてしまった。可哀想。
「ごめんねぇ」
だが、どうやら人殺しにはならずにすんだようでホッとした。
「じゃあ」
あいつを置いて、ゲートをくぐる。
申し訳ないが、仕方がないと思う。
ゲートに入り、振り返ると今までいた白い世界が、端の方から崩壊していっているのが見えた。
それがゲートを抜けて消えるのを、アマリリスは薄れゆく意識の中、ぼんやりと見つめていた。
7歳の誕生日の朝、
双子の妹のモリリナに朝咲きのピンクのバラをプレゼントしたくて、
暗いうちに起き出した。
まだ暗い屋敷が怖かったので、早く外に出たくて、走って階段を降りようとした。
そして足を踏み外した。
気がついたらこの白い所にいた。
しばらくすると、黒くて怖いお化けが出た。
お化けが叫んで怖くて、何を言ってるのかわからなくて、
お化けがアマリリスを殴ってくるのも痛くて怖かった。
両親や妹に会いたかった。
ウィルドリフ殿下。
手紙をずっと出せていない。
私のことを忘れてしまったらと思うと不安になる。
帰りたい。帰りたい。帰りたい。
小さなアマリリスの祈りも願いももう叶わない。
生と死の狭間に留まっていた彼女は、帰る体を失った。
このまま消えてしまうのだ。
白い世界は静かに崩壊し、アマリリスは消えた。
すいません。死んでしまいました。




