20.幼馴染3人 ②
侍女がお茶の支度をして部屋を下がる。
ルイ王子はお茶を一口飲み、小さな焼き菓子を摘まむとモリリナを見た。
「きちんとモリリナを見るのは初めてだな」
「そうだね。この間のお茶会では話していないし、小さい時のお茶会でもラベンロッド家はアマリリス嬢の印象の方が強いよね」
ウィル王子は思い出すように目線を上に漂わす。
「アマリリス嬢! 兄上に結婚を申し込んでいたなぁ。あの時は凄かった」
「僕はあの日初めて愛の告白をされた」
ウィル王子が苦笑する。
アマリリスが一目惚れしたのはウィル王子の方だったようだ。
「あの時はアマリリス嬢に影響されて他の令嬢たちも、次々に兄上に告白し始めて、いつの間にか取っ組み合いのケンカになってたよな」
「ルイとセシルは逃げたよね。女の子の中に僕を置いて」
「子供だったから怖かったんだよ。なぁセシル」
「うん。今でもあれは無理。それに、逃げたんじゃなく押し出されて輪の中から排除されたんだよ。......あのさ、モリリナもあの日、来てたんだよね?」
不安そうな顔でモリリナの手を握るセシル。
「それがわたし、アマリリスより成長が遅くて子供っぽかったから、お菓子をお腹いっぱい食べたことしか覚えてないの。殿下方のこともセシルのことも覚えていなくて。ごめんなさい」
モリリナは、お菓子の事しか覚えていない自分がなんだか恥ずかしかった。
「いいよ! もしモリリナの初恋がウィルだったら死ぬほど嫌だなって思っただけだから! よかったぁ。そっかぁ、沢山お菓子食べたんだね。小さいモリリナがお菓子を一杯食べてるのも可愛かったろうなぁ。見たかったなぁ」
「チビがお菓子をむさぼり食ってただけだろ」
ルイ王子がセシルの上気した顔をみて呆れたように吐き捨てた。
「ルイ。またセシルが面倒臭くなるからやめて。それよりさ、モリリナに聞きたいことがあったんだ。アマリリス嬢なんだけど何かあったの?」
「ぶはっ! 兄上がフラれた話! 一目惚れして求婚して、無理やり婚約者候補に名乗りを上げておきながら急に辞退されたからな。はははっ!」
爆笑するルイ王子。
そうなのだ。
王家に断られることはあっても、こちらが断ることなど本来はありえない。
不敬なのだ。
ラベンロッド家は王家に睨まれ、罰せられる可能性だってあった。
ただ今回の辞退は、婚約者候補の内定状態で、正式な決定前だったということと、
幼児の一目惚れにいちいち目くじらを立てるのも面倒だと、大目に見てもらえたのだ。
「まぁね。婚約者候補っていってもまだ直接の交流も無かったし、いいんだけどね。でもなぁ、なんだか気になって」
「なんで? ウィルは別にアマリリス嬢のこと何とも思ってなかったでしょ?」
セシルが不思議そうに尋ねた。
「うん。ルイは知ってるだろうけど、アマリリス嬢ってあのお茶会の後から、毎週必ず手紙をくれてたんだよ。それが一年半前、急に来なくなった。どうしたんだろうって思っていたら、今度はいきなり辞退だ。気になるでしょ」
「そういえばこの間のお茶会でも兄上の所に来なかったな。離れた席で男共に囲まれていたようだったが」
モリリナは、アマリリスがウィル王子に手紙を書いていたことを知らなかったので驚いていた。
「モリリナ知らなかったの? でも5歳の頃からっていうと2年近く? 小さな子供が毎週手紙を書くのは大変だろうな。きっと本気で好きだったんだね」
セシルに言われ、思い出す。
アマリリスは本当に王子様が大好きだった。
モリリナなら投げ出してしまうような量の勉強やマナー、音楽にダンス、刺繍。
物差しで手の甲を叩かれながら、歯を食いしばって勉強して、
家庭教師の先生のくれた本だって、暗記するくらい読んで、
ダンスの練習で、足の爪を割ってしまうことだって何度もあったし、
刺繍だって最初はハンカチが血だらけになった。
それでも泣き言一つ言わないで頑張っていた。
どうしても王子様のお妃さまになりたくて。
王子様が大好きだから、全部楽しいの。と笑っていつも胸を張っていたけど、
時々クローゼットの中に隠れて泣いていたのをモリリナは知ってる。
アマリリスはいつだって一生懸命に頑張っていた。
モリリナの目に涙が盛り上がり、決壊したように涙が流れ頬を濡らした。
王子達は一瞬ギョッとしたが、声をかけず彼女が落ち着くまで待っていてくれた。
セシルは黙ったままずっと背中をさすってくれていた。
「泣いてしまい申し訳ありません」
頭を下げるモリリナに、ウィル王子が呼んだ侍女が心を落ち着ける効果のあるハーブティを淹れてくれる。
「いいよ。少し落ち着いた?」
「はい」
「急に泣くから驚いたぞ」
ルイ王子が、全然大したことないみたいに笑い、重かった空気が軽くなる。
女神さまに選ばれた次代の王ルイ王子、アマリリスの大好きだったウィル王子。
セシルと王子達はとても仲がいいみたいで、
なによりセシルが二人に心を許しているように思う。
モリリナの話を他の皆のように、
汚い嫉妬だとか、僻みで意地悪を言ってる嫌な子だとか、
きっとそんな風に思わないで、きちんと聞いてくれるかもしれない。
モリリナはラベンロッドに戻るのが怖い。
1人で抱えて、誰にも言えなくて、知らないうちに皆に嫌われて。
そんな日々に戻るのはもう無理になっていた。
セシルに出会ったから。
もしも二人が信じてくれなかったとしても、セシルはきっと信じてくれる。
一緒に過ごす時間が増え、知る毎にセシルに対する信頼も深くなっていた。
ハーブティを一口飲む。
息を吐く。
モリリナがずっと考えていたあの事を、誰かに話すのは初めてだ。
ジェイコブ=フランには少しだけ、話したことはあるけれど、
彼がアマリリスに興味をもってしまうのが嫌で、全てを話すことは出来なかった。
「アマリリスの事で、私が感じている事があります。信じられないかもしれないけれど。セシル、心配してくれていたのに、嘘つきって嫌われるのが怖くて言えなかった」
「僕がモリリナを嫌うことは永遠にないよ」
「うん。......話す間、手を握ってくれる?」
セシルの手を握る。
モリリナは、アマリリスが階段から落ちて意識を失った時から、今までに起こったことを話はじめた。




