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2.アマリリスの目覚めとモリリナの喪失

アマリリスが目を覚まさないまま3ヶ月が過ぎた。


寝ている間も侍女が小まめに世話をして清潔に保ち、マッサージや関節の曲げ伸ばしを欠かさず行っていて、

医者も度々訪れて診察し、優秀な治療師は日に1度は治癒魔法をかけていた。



モリリナはアマリリスの眠るベッドの横に座り、午前中に家庭教師から習ったことを報告するのが日課になっている。

その日も報告を終えて姉の頬にキスをして部屋を出ると、侍女のマリアに外出の支度を頼んだ。


「モリリナお嬢様。今日も教会にお祈りに行かれるんですか?」


「うん。わたしが出来ること、それくらいしかないから」


午後は教会に姉の目が覚めるようにとお祈りに行くのだ。


「雨が酷いので今日はお休みにしてもいいのでは。道が悪いと馬車も危ないですし、風も強いので乗り降りの時に濡れてしまいます」


支度を手伝い、ショールを羽織らせてくれながらマリアが心配そうに言う。


「心配してくれてありがとう。でもわたし行きたいの」


「ですが」


心配するマリアをなだめ、玄関脇ギリギリまで寄せられた馬車に向かう。

モリリナが出来るだけ雨に濡れないように馭者が気を使って寄せてくれたのだ。


傘を挿し掛けてくれる馭者に礼を言って馬車に乗り込もうとした時、


「お嬢様! モリリナ様!」


屋敷の中からメイドが転がるように走り出てきた。


「アマリリスお嬢様が! 気がつかれました!」


モリリナはすぐにアマリリスの部屋に走り出した。


いつもなら邸の中で走ると怒られるのだが、この時ばかりは誰もそんな事を思いもしなかった。


皆が待っていたのだ。この家の双子の女の子の目が覚める時を。




アマリリスが目覚めた時に、万が一でもまた何かあったらいけないからと、彼女は一階の部屋に移されていた。

母が階段の近くを嫌がったので階段から出来るだけ遠く、

目が覚めたときに花が綺麗に咲いているのが見えるようにと、庭が一番綺麗に見える部屋だ。

その部屋は玄関からも遠く、モリリナが廊下を走って向かっても少し時間がかかる。


ガチャッ


「ひゃーーー! これ私?!」


部屋のドアを開けた時、モリリナが見たのは姿鏡に写る自分を見て大声を出すアマリリスだった。


「アマリ、リス?」


鏡に映る自分と、ドアを開けたモリリナの顔を何度も交互に見るアマリリス。


「嘘ッ、同じ顔? えっ? なになになに!ドッペルゲンガー!」


「アマリリス?」


モリリナを指差し、大声をあげるその姿形は間違いなくアマリリスなのに、表情も雰囲気も言葉使いも他人のような誰かがそこにいた。



◆◆◆◆◆




急いで呼ばれた医者の診断が終わるのを、モリリナは父と母と応接室でジリジリとしながら待っている。


さっき会った目覚めたばかりのアマリリスの姿が頭から離れない。

違う人間のようだった。

目が覚めたことが嬉しいはずなのに、不安に飲みこまれそうだった。


王城に出かけていた父のラベンロッド伯爵と、お茶会に出かけていた母ジーンは連絡を受けて急いで帰ってきたが、2人が戻った時は医者の診察中だったので、まだアマリリスに会っていない


嬉しそうに抱き合い涙を浮かべる両親に、モリリナは何も言えずジッと下を向いて座っていた。


長い時間が過ぎた。


侍女が3杯目の紅茶を入れてくれた時、部屋がノックされ執事と医者が入ってきた。


「ああ! 先生! アマリリスは!? 会えますか!?」


母が医者に駆け寄る。


「ジーン、落ち着いて。先生、どうぞかけてください」


ラベンロット伯爵が興奮する妻をいさめ、医者に座るように勧めた。

ソファに座った医者はニコリと微笑んだ。


「ご安心ください。アマリリスお嬢様は意識を取り戻されました。診察の結果、体に異常はないようです。とてもお元気でもう命の心配はいらないでしょう」


「おお!」


「ああ、神様!!」


泣き崩れるジーンを抱き支えるラベンロット伯爵。

そして医者は、抱き合い喜ぶ二人に言いにくそうに口を開いた。


「ただ、記憶が混乱しているようなのです」


「なんですって。どういう事ですか?」


「たしかにアマリリスお嬢様ではあるのですが......アマリリスお嬢様としての記憶が無いようなのです」


「そんなっ」


「もしかしたら時間と共に思い出すのかもしれません。だが、断言はできかねます」


「会えますかっ?もしかしたら私達と会えば思い出すかも!」


「ええ。会えますよ。そうですね、ご家族の顔を見たらもしかしたら......ただ、まだ動揺しているようなのであまり無理は」


「もちろんです。無理などけっしてさせません」



皆でアマリリスの部屋に向うと、部屋の前に侍女が所在無げに立っていた。


「どうしたんだ?まさかアマリリスを1人にしたのか?」


怒気を滲ませたラベンロット伯爵に、侍女は怯えながら詫びた。


「も、申し訳ございません! 一人になりたいと......おそばに居させてくださいと願ったのですが、どうしても一人になりたいと言われまして」


「アマリリス! 入るよ!」


ノックもせずに部屋に入り、駆け寄る。


ベッドに横になったまま、雨の降る庭を眺めていたアマリリスは、2人の顔を見て破顔した。


「お父様、お母様?」


モリリナにはそのアマリリスのその笑顔が、世馴れた年上の女のニタリとした笑いのように見えてゾッとした。


アマリリスはこんな風に笑わない。


「アマリリス!! 目が覚めて良かった! 記憶が無いと聞いたけれど、私達がわかるのかい?」


「ごめんなさい。思い出せなくて......思い出そうとすると頭が痛むの。でも、見た瞬間わかったの。お父様とお母様にだって!」


「ああ。アマリリス。可愛い子。そうよお父様とお母様よ。あなたが目覚めて本当に嬉しいわ」


「ああ。そうだよ。生きてくれたらそれだけでいいんだ。無理をして思い出さなくてもかまわない。大丈夫だから」


ニタニタと笑うアマリリスに、父と母は目を潤ませる。それを信じられないような気持ちで見つめてしまう。


「あの、その子は......?」


3人から少し離れたところで固まるモリリナにアマリリスが気付く。


「ああ、モリリナそんなところに居ないでこちらへおいで」


「アマリリス、あなたの双子の妹のモリリナよ。いつも一緒でとても仲が良かったのよ」


「まぁ。双子の妹なのね」


黙ったまま固まるモリリナ。


「ずっと待ってたもの。嬉しくてどうしていいかわからないのね」


クスクス笑う母。


「さあ、おいで」


父に背中を抱かれ、アマリリスのベットの側まで連れてこられる。


黙ったままアマリリスの顔を見ると、その外見は確かに大好きな姉で、愛しいはずなのに確実に何かが違うのだ。


まずポロリと涙がおちた。

そしてポロリポロリとポロポロ落ちる。


「う、ううう。うっ、うっ。あああ、わあーーー!!!」


涙が溢れて止まらなくなる。

嗚咽が漏れ、声をあげて泣き出してしまう。


「ああああーーーー!! わぁぁぁーー!」


ポカンとした顔のアマリリスと、唖然とする両親にまた泣いてしまう。


大好きなアマリリス。


大事な双子の姉。


深く深く結び付いていた双子の姉妹。


アマリリスは何よりも誰よりもモリリナのものだったし、モリリナもアマリリスのものだった。


そしてその日、モリリナは失ったのだとわかった。


2人を繋げていたなにか。もしかしたら魂と呼ばれるもの。


それが無くなってしまった。


きっともう帰ってこないと心が理解し、絶望でモリリナは気絶した。



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