18.二人の王子
セシルと旅が出来ると喜んだモリリナだったが、
冷静になって考えてみると、
両親はモリリナがギアデロに行く許可を出さないのではないかと思った。
きっと、アマリリスが嫌がるから。
モリリナが旅をするなんて心配だわ! とか皆に言う。
そして結局アマリリスを心配させるモリリナはまた嫌な子になるのだ。
悪い方悪い方に考えてしまう。
モリリナは今のラベンロッド伯爵家で、アマリリスが嫌がることをするのが怖い。
アマリリスは特別だから。
旅に出たいだなんてワガママを言って、ますます皆に嫌われてしまう。
考え込んでしまったモリリナを、セシルが心配し、伯爵家に帰すことを反対した。
「モリリナは少し家族と距離を置いた方がいい。君にそんな顔をさせるなんて、彼等はモリリナ不在の人生がどれだけ虚しさと絶望に染まるのか、少しは味わえばいいんだ!」
そう言うとラベンロッド伯爵家に、モリリナをしばらくジマーマン家に滞在させると一方的に使いを出した。
ラベンロッド家からは、まだ婚姻前の娘であるので出来れば帰してもらえないか、と控えめではあるが抗議がきたが、
ジマーマン侯爵家はラベンロッド伯爵家よりも上位貴族であるため強く言うことが出来ず、
しぶしぶ受け入れた。
翌日には、セシルはモリリナのギアデロ同行をルイ王子に願い、王からあっさりと許可がおりた。
そしてその事は王家からラベンロッド伯爵に通達として届いた。
ラベンロッド伯爵夫妻も、王の通達を拒否するわけにもいかず、モリリナのギアデロ行きを認めるしかなかった。
その後しばらくしてラベンロッド伯爵夫妻はモリリナを置いて、領地へ戻っていった。
彼らがジマーマン侯爵家に滞在するモリリナに、会いに来ることは1度もなかったし、
モリリナも屋敷に帰らなかった。
お互いに、どんな顔をして会って、どう話していいのかがさっぱりわからなくなっていたのだ。
モリリナは顔を合わせた時に、両親に失望した顔で見られることも怖かった。
どうしたらまた両親や家の皆と、仲良く笑えるようになるんだろう。
そんな事を考えながら、侯爵家の広い庭の探索をしていたモリリナは、
ラベンロッド家の馬車が、ジマーマンの屋敷の前に停まっているのを見て走り出した。
「マリア!」
マリアは馬車から降り、自分を呼ぶ声に顔を上げ、駆けてくるモリリナに気付く。
「モリリナ様!」
急いでモリリナの所に駆け寄り、目線を合わせるためにしゃがんだ。
「そんなに走ったら転んでしまいますよ」
「マリア。わたしに会いに来てくれたの?」
マリアは息を切らすモリリナの背中を優しくさする。
「伯爵様が、私をモリリナ様の側にとよこしてくれたのです」
ラベンロッド伯爵夫婦は領地へ戻ったが、
モリリナの為に侍女のマリアと、愛馬のフライをジマーマン侯爵家に寄越してくれたのだ。
マリアには領地に両親と兄妹がいるので申し訳なく思ったが、
「親も元気ですし、兄はどうでもいいですし、妹ももう大きいので会えなくて寂しがることもないですよ。わたしはモリリナ様の専属侍女です。モリリナ様が大好きですし、一緒にいれることが幸せなんです」
と、マリアが当たり前のように言うので、嬉しくて少し泣いてしまった。
フライが来てくれたのもとても嬉しい事だった。
それと、マリアはラベンロッド伯爵からの手紙も預かってきてくれて、
そこには、
「風邪などひいてないか? 元気にしているか? もしもジマーマンが嫌になったら我慢せず帰っておいで。体に気をつけて、もし寂しくなったらすぐに帰って来なさい」
というようなことが長々と書いてあって、まだ嫌われた訳ではないんだと思えた。
◆◆◆◆◆
ギアデロへ出発する日も近い。
身分を隠しての旅になるため、
出立してから、 “ルイ王子は他国に留学した” と発表されるらしい。
行き先の国は伏せられる。
さすがにラベンロッド伯爵には、行き先はギアデロと伝えられているが、
秘匿事項なので他言無用と命が出ている。
その日、モリリナはルイ王子に挨拶をしに城に来ていた。
5歳の時のお茶会で1度、そしてセシルと出会ったお茶会で1度、
遠目に見てはいるのだが、興味がなかったので顔もおぼろげだった。
実質、初めて会うようなものである。
王太子である第2王子ルイドリフ・アドリレナと、兄の第1王子ウィルドリフ・アドリレナは応接室でセシルとモリリナを待っていた。
2人とも王家特有の金の髪に碧眼で、片方はやんちゃそうな男の子、もう片方は優しそうでキラキラした男の子だ。
第1王子はモリリナの2歳上の10歳で、第2王子が王太子で9歳だ。
背の高さが同じなので、見た目ではどちらが年長なのかわからない。
どっちが第1王子で、どっちが第2王子なんだろうと焦るモリリナに、
「モリリナ、こっちがルイでこっちがウィルだよ」
セシルがあっけなく王子達を紹介した。
「セシル、今ちょっと面白い感じになっていたのにどうして君はそうかな」
優しそうな方、第1王子ウィルドリフがセシルに困った顔で笑う。
笑うと何か空気がキラキラした。
「そうだぞセシル。今モリリナは俺達がどっちがどっちかわからなくて、面白かったのに余計なことをするな。挙動不審とはああいうのを言うのだな......ぷっ! あははは! 池の鯉の様だった! 口をパクパクさせて!」
なんとも失礼な王子達だ。
池の鯉に似ていたとゲラゲラ笑うのは、王太子である第2王子ルイドリフ。やんちゃそうな方。
ウィルドリフ王子は上品にクスクス笑っている。
恥ずかしくて走って逃げてしまいたいのを我慢して王子達に挨拶する。
「ルイドリフ殿下、ウィルドリフ殿下。モリリナ・ラベンロッドでございます。本日はお時間を頂きありがとうございます」
慣れないカテーシーを一生懸命するモリリナが可愛くて、セシルが目をふにゃっと細め頬を染める。
そんなセシルに王子達は驚き、顔を見合せる。
「おいおい! 見たか兄上? セシルの顔! 気持ち悪い!」
「うん。僕、鳥肌がたったよ。ジマーマンの執着か......凄いね。あのセシルの顔が真っ赤だ」
「おい! 黙れ!」
2人の王子を睨むセシル。
モリリナはセシルの王子達に対する態度に驚いた。




