15.婚約
セシルからの手紙には怪我の心配や、熱は出たかとかモリリナを心配する言葉が書いてあった。
他には父親にモリリナのことを話したら喜んで、モリリナに会ってみたいと言い出したので今度2人で遊びに行く。と書いてあった。
読むまでは、モリリナは強烈な恋文を想像していた。
好きだとか、愛してるとか、一目惚れです。とかだ。
そういうことは何も書いていなかったので拍子抜けしてしまった。
もしかしたらセシルは友達ができたと、父親に報告しただけなのではないだろうか。
セシルのお父様がちょっと勘違いしただけなのかもしれない。
いや。よくよく考えたら、モリリナなんかを好きになるわけがないのだ。
みんなアマリリスの方を好きになるのがその証拠だ。
あの日、モリリナは1人で遠くまで行って勝手に転んで、服も汚れていたし、膝とアゴと掌から血を流して、かなりみすぼらしかったはずだ。
「バカみたい」
一瞬でも勘違いした自分が恥ずかしかった。
明日セシルは驚くだろう。
勝手に婚約話が進んでいて、怒るかもしれない。
そして、「モリリナのことは特別な好きではない。 勘弁してくれ!」
そう言われてしまうのだ。
考えれば考えるほど、間違いないと思えてきて涙が溢れた。
見つからないようにベッドに潜って泣いていたら、マリアに布団を剥ぎ取られた。
なぜ泣いているのかと尋ねられ、自分が勘違いしてみっともなくて恥ずかしい。
そう、言ったら抱きしめられた。
涙が止まらなくて、思っていることもみんな話してしまう。
大丈夫だから。と、何度も何度も耳元で繰り返し、抱いて優しく揺らされる。
そして気がついたら朝で、モリリナの目はパンパンに腫れていた。
昨日マリアに抱かれたまま寝てしまったようだ。
しかも寝坊した。
モリリナが起きた気配で部屋に来たマリアに文句を言うと、
「きちんと言葉を下さらないセシル様が悪いのです。モリリナ様がどんなに不安だったか正直に全部お話したらいいのですよ。それに泣いて目が腫れたくらいで幻滅するような殿方にモリリナ様をお渡しする気はございませんので」
とあえてその顔でいけと無茶苦茶な事を言うのだ。
仕方なくそのまま朝食の席に着いたら、モリリナの顔を見た母ジーンが悲鳴をあげた。
マッサージだ蒸しタオルだと騒ぐジーンに、この顔を見て幻滅するような人とは結婚しないと宣言する。
父もそれがいい! と言い出しそのままの顔でセシルを待つことになった。
◆◆◆◆◆
結局セシルはモリリナの腫れた目を見ても幻滅などしなかったし、そんなことよりモリリナに会えたことがとても嬉しそうなだけだった。
心配したのがバカらしいほどその顔を見ただけで、セシルがモリリナのことが好きなのは誰からも丸わかりだった。
2人で庭のガゼボで話す。
「婚約の事、突然で驚いたよね。ごめん」
繋いだ手を嬉しそうにニギニギするセシル。
「驚いたけど。嬉しかった。でもわたしなんかの何処がよかったの?」
「なんかじゃないよ!あのお茶会の時、僕つまんなくてウトウトしちゃってたんだ」
「うん」
「君の声で目が覚めた。 “グレイスリリーが大好きなの” っていう君の可愛い声が聞こえて、目を開けたら君が笑ってた」
夢見るような表情を浮かべるセシル。
「気がついたら後を追いかけてたんだ。でも話しかける勇気がなくて、見つからないように隠れてた」
「そうなの? 全然気付かなかった!」
「隠れるのは得意」
「隠れてたのに、私が転んだら急いで助けに来てくれたのね」
「騎士に取られちゃったけどね」
「ううん。医務室でもずっと側にいてくれてありがとう」
「......モリリナ、どうか僕を好きになって」
「もう好きだわ」
「!!」
「真っ赤ね!」
2人が仲良く手を繋いで屋敷に戻ると、ガックリした父と目をキラキラさせた母が出迎えてくれた。
セシルの父グレンも嬉しそうに2人を見ていた。
モリリナが婚約の書類にサインすると、すぐさま城に届けられ、その日のうちに受理された。