11.再び王都
王都へ出発する日のまだ日が昇る前、眠っていたモリリナは、窓をコンコンと叩く音で目覚めた。
モゾモゾとベッドから起き出す。
カーテンの隙間から外を覗くと、ジェイコブ=フランがベランダに立っていた。
「フランさん!」
急いで鍵を開けて、ベランダに居るジェイコブ=フランの元に行く。
「今日、王都に発つの! 良かった会えて!」
「ああ。挨拶しにきた」
「そっか! ありがとう。昨日、塔に行ったけど会えなかったから、もう会えないかと思ってた」
「これを」
そういって差し出されたのは、小さな水色の石の付いたペンダントだった。
「ペンダント!」
「ああ」
「くれるの?」
「ああ。......これに願えば1度だけジェイコブ=フランを呼べる」
「えっ!」
「魔法が込めてある。もしも、もしもモリリナが、全てを捨てたくなったらこれを使え。ジェイコブ=フランが助けに来る」
「......わたしを、助けに来てくれるの?」
「ああ」
「いいの?」
「友達だろう? ジェイコブ=フランは友達を助けるよ」
「うん。ありがとう」
「ああ」
ジェイコブ=フランはモリリナの頭をよしよしと撫でると、じゃあな。といって消えた。
「魔法だ。すごい」
魔法を見たのは初めてだった。
それにジェイコブ=フランのくれた水色の石のペンダントは、モリリナの心を優しく温め、力をくれるように思えた。
それからは出発まで慌ただしく時間が過ぎた。
城の前にズラッと並ぶ使用人達に見送られて出発だ。
昨日の、アマリリスの専属護衛騎士候補?の男の子達は、決闘前に兵士長に見つかって怒られ、謹慎させられているのでここにはいない。
ホッとした。
あり得ないとは思ったが、祖父も父もアマリリスを溺愛しているので、もしかしたら本当に来るかもしれないと怖かったのだ。彼らから感じた、自分への敵意と暴力の気配は、モリリナにとって初めてのものだった。
祖父母とアマリリス、父母とモリリナに分かれて馬車に乗る。
今回はフライも一緒だ。三歳になって性格も大分落ち着いたので、王都のタウンハウスに連れて行けることになったのだ。
走り出した馬車の窓から、西の塔を見る。ジェイコブ=フランも今日、旅立つのだという。
どこに行くのだろう。
きっと、決めてないんだろうな。と思ったら笑ってしまった。
◆◆◆◆◆
王都への旅はアマリリスと別の馬車だったし、時々フライに乗ったりも出来たので、来たときよりずいぶん楽だった。
王都は活気に溢れていて、ラベンロッド伯爵領の領都ロックも賑やかだけどやはり桁違いだ。
大通りを北に向かい、貴族街に入り暫く行くとやっとタウンハウスが見えてくる。
屋敷の前にズラッと並んた使用人達に迎えられる。
今回は着いたのが昼前だったので、お風呂に入り、部屋で軽い食事を取る。
その後はちょっとだけ昼寝をして、起きたら次の日の朝だった。
驚くモリリナに、いっぱい寝ましたねぇ。と侍女のマリアが言い、2人で顔を見合わせて笑った。
本当は昨日のうちに、庭師のペーターに領地のお土産を持って行くつもりだったのだが、寝てしまって渡せなかったので、モリリナは朝食の後、急いでペーターの所に向かった。
ペーターはアマリリスと一緒に庭にいた。
祖父ダグラスがアマリリスの家庭菜園を広げる計画を立て、ペーターにも協力するように命じたのだった。
「ペーター! 頼りにしてるわ! 一緒に頑張りましょう!」
「はいアマリリスお嬢様。先代様にもしつこく言われましたし、こうなったらワシも死ぬ気でやりますよ」
「エイエイオー!」
「?? えいえい? おー!」
モリリナの前で腕を高らかに上げるアマリリスと、真似をして手を上げるペーター。
モリリナはボーッとそれを見ていた。
「モリリナどうしたの? ボーッとして。ペーターに用事?」
「あ、うん。ペーターにお土産を。これ、領地で見つけた可愛いお花の種なんだけど」
小さな包みを差し出すモリリナ。
「おお! ありがとうございますモリリナ様」
「ふーん。でも、これからペーターは忙しくなるから、それ育ててる暇とかないかもー」
「あ......」
「いやいや! 育てますよ! モリリナ様がワシの為に持ってきてくれた土産です。大事に大事に育てます。時間なんていくらでも見つけますんで大丈夫ですわ。ありがとうモリリナ様」
「良かった。とても可愛いお花なの。ペーターに見せたくて」
「ええ。咲くのが楽しみです」
「ふーん」
つまらなそうな顔をするアマリリス。
「そういえば、アマリリスの専属庭師のジダンは?」
「ジダン! そうなのよ! あの人は野菜も枯らしちゃうし、腕が悪くて。辞めてもらったのよ」
「そうなんだ」
野菜が枯れたのは馬糞を蒔いたせいなのではないかと思ったが、ペーターが黙っていたのでモリリナも何も言わなかった。
アマリリスとペーターは仲良く畑をするようになり、ペーターは野菜作りにどんどんハマっていった。
そしてその後モリリナがあげた土産の花の種が庭で咲くことはなかった。