10.少しずつ歪む
寄生虫騒ぎからしばらくたち、もうすっかりみんな元気になった。
魚を見るのも嫌になったのか、しばらくは食事のメニューから魚が消えて肉料理が続いたが、今は干物熱が復活し商品化に向けて色々やっているようだ。
アマリリスもすっかり元気になり、パンの革命とか言ってリンゴを瓶に入れ腐るまで放置することを繰り返している。
モリリナも見たけれど、白いカビにびっしり覆われた緑色のリンゴの切れ端に気分が悪くなってしまい、触ってもいないのに何べんも手を洗ってしまった。
その他にも、煮た豆を馬の飼葉で包んで放置して腐らせたり、色々なものを腐らせる実験に忙しそうだ。
失敗も多いアマリリスではあるが、先日考案したコロッケという料理は素晴らしく美味しくかった。
カラアゲという料理は油でベチョッとしていて、食べた後に胸がムカムカしてお腹を壊す人もいた。シェフが改良してみると言っていたので今後に期待である。
領都ロックと王都にコロッケ専門店を開こうという話も出ているが、高価な油を大量に使用するのでなかなか難しいらしい。
早朝にアマリリスと共にラジオ体操をする人間も増えた。
祖父ダグラスは王都からわざわざ音楽家を呼び寄せ、アマリリスの口ずさむメロディを譜面におこさせた。ピアノ伴奏に合わせて行われる早朝のラジオ体操は宗教のようであった。
王都から来た音楽家は、他にもアマリリスの口ずさむいくつかのメロディを譜面に起こした。
彼はアマリリスの才能を音楽界の革命児! と称えて、ぜひ正式に音楽を学んでほしいと懇願した。
アマリリスの歌はモリリナにも覚えやすくて、気付くとよく口ずさんでしまっていたし、フライに乗って領地を走り回っている時に、領民の子供達が歌っているのを聞くこともあった。
そんな風にロッドの街も巻き込みながら、アマリリスは人気者になっていった。
◆◆◆◆◆
冬が過ぎ、春の気配が訪れると社交シーズンが始まる。
ラベンロッド城でも王都へ向かう準備に大忙しだ。
今年はアマリリスとモリリナが8歳になるので、王都で魔力検査を受けなければならない。
国民全員が8歳になる春に行う義務なのである。
平民は近くの教会で魔力があるか無いかの簡易な検査をうけるのだが、終わるとご褒美のお菓子を貰えるので、我先にと子供達は検査にやってくる。
貴族の場合は検査の日が決まっていて、混むので少し時間がかかる。
魔力のある人間はとても少ない。
毎年、治療師の力をもつ者が国に約10人見つかる。癒しの魔法は自己治癒力を上げて回復を少しだけ早くする。
魔法が使えるほどの魔力を持つ者が見つかるのは3年に1人ほど。それも水の雫を指先から出したり、パチッと静電気が出せたりという程度だ。
検査などしなくてもいいんじゃないか?という感じなのだが、だいたい100年に1人の割合で大魔法が使える天才が現れるのでやらないわけにはいかないのだ。
そういう子が見つかったら早いうちに魔族に依頼して魔法を習わせる。感情で魔力を爆発させないように押さえることを覚えさせるためだ。
そんなわけで大抵の子には魔力など無いので、魔力検査は今まで領地やタウンハウスから出ることのなかった貴族の子供達が集まる、最初のイベントであり社交の始まりの合図のようなものだった。
◆◆◆◆◆
明日の出発にむけて城では荷造りや申し送りなどで慌ただしい。
モリリナはジェイコブ=フランにさよならを言いに塔に行ったがいつもの様に留守だった。
ガッカリした気持ちでしょんぼりと庭のベンチに座っていると、男の子達を引き連れたアマリリスがやってきた。
「モリリナ、どうしたの?」
「別に。ただ座ってるだけよ。アマリリスはどこに行くの?」
「ふふっ。それがね、困ってるのよ。彼らはわたしの専属の護衛騎士になりたいんだって。それでね、明日王都にも付いて行きたいって言うの」
その4人の男の子たちはどうみても10歳から13歳くらいの子供で、護衛なんて出来そうに見えなかった。
「その子達、まだ兵士見習いじゃないの? きっとお父様が許さないわ」
モリリナの言葉に、子供達は腹を立てたようで睨まれた。
「俺は! 命に代えてもアマリリス様を守りたいと思っている。子供だからとなめるな!」
まず領主の娘にする態度ではない。
「あなた名前は?どの隊の見習いなの?」
とても無礼な子だ。上官は誰なのかと思い尋ねる。
「あんたに答える必要はない!」
その通りだと他の3人も頷く。
「何言ってるのよ。頭おかしいんじゃないの」
「なんだとっ!」
「まぁまぁ。あなた達も落ち着いてよ」
アマリリスがニヤニヤして4人の男の子たちの鼻を人差し指で順番につつくと、彼らはデレッと眉を下げた。
唖然とするモリリナに優越感丸出しの顔をするアマリリス。
「それでね、まだ子供だから無理よって言ったのだけど、実力を見てくれって言うの。一番強い1人だけでも連れて行ってほしいんだって。それで今から決闘をするの」
「決闘?」
「そ。危ないって止めたけど聞かなくて」
「そんなこと許されないわ」
モリリナが言うと、アマリリスは白けた顔をし、4人の男の子は敵意を持った目でモリリナを睨んだ。
「だってしょうがないじゃない。じゃ、私達行くわね」
5人が行ってしまうとモリリナは大きく息を吐いた。
殴られるかと思った。スカートに隠れた足は震えていた。強気で平気な風に見せてはいたがかなり怖かったのだ。
「......わたしも戦い方を習おうかな」
子供の敵意でさえあんなに怖い。
それにアマリリス信者はなぜかモリリナを嫌いな人が多い。
領地に来てから、少し前までは優しかった相手が、気が付くと自分を嫌ってるという事が何度かあり、その経験はモリリナを憂鬱で不安にさせていた。
王都に着いたらお父様に相談してみようと決めた。




