キミのえんぴつになりたい
あぁ……キミのえんぴつになりたい。
授業中ずっとキミがぺろぺろと舐めている何の変哲もないえんぴつを、私はずっと眺めていた。
キミはきっと無意識なんだろう。一心不乱に先生の授業を聞き続けている。こんな長話のどこが面白いのか私にはさっぱりわからないけど、私はこの時間が楽しい。
だってキミの姿を見ていられるから。
私がキミに恋した瞬間? そんなのは自分でもわからない。
雷に打たれたような出会いも、言葉を交わしたこともない。ただ気づいたらキミを目で追っていて、キミのことが好きだった。
でも超真面目なキミと不真面目陰キャな私じゃ全然釣り合わない。話しかけたってろくに答えてなんてくれないのは目に見えている。
だから私はキミと話したいだなんて思わない。いつも遠目からキミを見つめながら、手に握り締められているそのえんぴつに嫉妬することくらいしかできないのだから。
キミだけのために身を粉にする、一途で献身的なえんぴつ。
憧れないわけじゃない。でも私はえんぴつには遠く及ばないし、キミの大切な存在になろうなんて傲慢なことは思わない。
でもそれだけじゃ寂しいから、ほんの少しだけ意地悪をする。
キミが愛するそのえんぴつ、授業の後にこっそり盗んで筆箱に。
「あれ、またえんぴつがなくなってる」と言って慌てて探し始めるキミも可愛くて好き。確かこれで今週のえんぴつは三本目だったよね。ごめんね、いっぱい盗っちゃって。
でもいいでしょ、すぐに買ってもらえるんだもの。
こっそり持ち帰ったら、「愛してるよ」と囁いて、私はキミのことを思いながらえんぴつに口づける。
間接キス。例え直接ではなくてもキミと繋がっていられると思うと嬉しくてどうにかなりそうだ。好き。大好き。えんぴつの先から芯まで隙間なく舐めて舐めて舐め取って、キミの全てを味わい尽くす。
それからそのえんぴつは大切に大切に宝箱の中へ仕舞うんだ。
そして翌朝、私は何事もなかったかのように登校する。
そこにはいつも通り他に誰もいない静かな教室に一人ぽつんといて、何やらノートに文字を書いているキミの姿があった。一体何を書いているのだろう、新しいえんぴつを軽やかに走らせ、かと思えば手を止めて時折唸ったり考え込むようにしながらぺろぺろぺろぺろ。
私はキミの背後に座って同じようにノートに何か書くふりをしつつ、無言のままでキミに熱い視線を送る。
そんなことに気づかない、周りに無関心なキミは今日も素敵だった。