第7話 アントニオ・ペレスという男(2)
その次の日の昼下がり、僕はフアン・ド・エスコベドという男に話しかけられた。
彼は国王の異母兄弟ドン・ファンの秘書だ。
「ダヴィンチ様、貴方に頼みたいことがあります。」
「何でしょうか?」
「カスティーリャ国務長官が国の機密情報をネーデルラントやポルトガルの反スペイン政府組織に売っているのです。告発に協力していただけますでしょうか。。」
びっくりしすぎてのけぞった。
国の機密情報をネーデルラントやポルトガルの反スペイン政府組織に売っているなんて、それが本当なら物理的に首を切られても当然の大罪である。
しかしそんなことを本当にあの人がするのだろうか。
国務長官として地位も名誉も生きるのに十分な収入も手に入れているあの人が?
「えっと、国務長官が?どういうことですか?」
僕はなんとか聞き返すことができた。
「さっき申した通りです。アントニオ・ペレスが国の機密情報をネーデルラントやポルトガルの反スペイン政府組織に売っております。。
私はフェリペ二世陛下にそれを告発したが陛下は真に受けてはくださらない。あの人の言いなりになられている。」
そうしてエスコベドは、腕をまくった。
彼の腕には刃物で傷つけられた赤い跡がくっきりと残っていた。
「私は何者かに殺されかけました。私は国務長官の差し金だと思っています。
その直接証拠は少なくとも今は見つかっていませんが、私を殺せる権勢を持ち、かつ私を殺すほどの理由がある人がいるとしたら彼しかいないからです。」
僕はすこし押し黙った後、彼に問いかけた。
「それで、なぜ私にそれをお頼みになるのですか。」
「貴方はジェノバに基盤があり、そこだけで生きていけるでしょう?
それに、今どこの派閥にも属していないように見えます。
だからカスティーリャの事情にそこまで影響されないと思いまして。
派閥からの関係が薄い貴方こそ誠実で公平に、国務長官について調べられる、信頼できる方だと、私は信じております。」
私は少し考えた。エスコベドの話は驚くべき内容だったが、同時にこれは自分の地位を向上させる絶好の機会でもあった。
しかし、全てを賭けるのはリスクが大きすぎる。誠実にペレスの事績について調べ、真実を追求する方が賢明だと判断した。
「分かりました。ですが、私の役割は誠実にペレスの事績を調べ、嘘をつかないこととします。それでよろしいでしょうか。」
「ありがとうございます。ダヴィンチ様。君の力を借りることができて本当に心強く思います。」
僕の宮廷生活は、危険な綱渡りとなっていくのだろう。
薄暗い雲が空を覆っていた。