第6話 アントニオ・ペレスという男(1)
1579年2月。
エル・エスコリアル宮殿での日常が続く中、僕は新たな人物と出会った。
それは昼下がりに、宮殿を歩いていた時のこと。
丸っこい顔にきれいな口ひげを蓄えた、年の割に端正な顔立ちの中肉中背の男がやってきた。
その名前はアントニオ・ペレス。カスティーリャの国務長官だ。
カスティーリャって何かというと、国の名前だ。
スペインは今からちょうど100年前、カスティーリャとアラゴンという二つの国がくっついてできた新しい国だ。
カスティーリャの王だったイサベル女王と、アラゴンの王だったフェルナンド二世が結婚してできた国だ。
だが結婚したからといって、二国の内政のポストが統一されることはない。
なんだかんだ100年の間、カスティーリャとアラゴンはそれぞれ独立した内政機構を保ってしまっているのだ。
なので内部的には、カスティーリャとアラゴンの統治機構がそれぞれあり、その上にフェリペ二世が立っているというややこしい形態になっている。
ちょっと話がそれた。
彼との出会いは、僕にとって大きな転機となる。
「フォールド君、君の話はよく聞いているよ。
綿貿易の改革で大成功を収めたそうじゃないか。」
僕は内心驚いた。僕の中身のことに触れてくれる人は珍しいから。
でも、そう言ってくれて本当にうれしい。
「ありがとうございます、国務長官。おかげさまで少しずつ成果が出てきました。」
「いやいやご謙遜を。仰々しい名前など使わなくていいさ。
私のことはペレスと呼んでくれ。
ところで、君はスペインの政治にも興味があるのかい?」
「正直言うと、まだ詳しくはないですが、学びたいと思っています。」
ペレスはフォールドの言葉を聞いて、微笑みながら頷いた。
「フォールド君、君は多くの宮廷の男たちから外見だけの男だと低く見られているらしいな。
しかし、私は君を高く評価している。
人はたいてい何かしら理由をつけて他人を僻むものだ。
若い頃の私も、父の手柄だの若造の癖にだの実績がないくせにだの僻まれたりしていたさ。
気にせず、僻ませておけ。」
その言葉には、僕に対する真摯な励ましを感じた。
彼もまた、過去に同じような経験をしてきたのだろう。
「そんな風に言っていただけて、ありがとうございます。」
「ところで、1週間後は聖バレンタインデーだろう?
せっかくだし皆でパーティーをしたいと思うのだが、レオナルド君も来てほしいと思っているんだ。行くかい?」
バレンタインか。前世では好きだった人にチョコをあげて、さんざんネタにされいじり倒された挙句泥と雑草がお礼に帰ってきた思い出しかない。
だがここは前世ではない。
パーティーに出て周りを知ることは、今後スペイン宮廷で生きていくのに大切なことだろう。
「行きます。」
ものの5分もしないうちに打ち解けて、パーティーにまで行くと言ってしまった。
こういうところが彼が重宝される理由なんだろうな。
そういうと彼は満足そうに微笑んで、その場を後にした。