4話 謁見
1579年1月。ついにマドリード郊外にある、フェリペ2世の住む王宮、エル・エスコリアルに到着した。
「フォールド・ダヴィンチよ。よく来られた。私はスペイン王フェリペと申す。
早速、貴様を名誉男爵に任ずる。これは1代限りのもので、その地位は次の代以降には受け継がれない。
なお、これからは領地で大きな問題のない限りエル・エスコリアルで働くように。安息日を除いて毎日王宮に来い。」
私は跪いて答えた。というか週休1日かよ。
「かしこまりました。」
フェリペ2世の第一印象としては、思ったより普通そうな人って感じだ。あと多分友達が少ない。そういうオーラが出ている。
「これからはここの近くに、適当な住まいをみつけてそこで生活してくれ。」
「かしこまりました。」
名誉男爵如きにあげる部屋はないのだろう。多分。でも自分で部屋を探せるのはうれしい。倉庫とかに住むよりはずっと気が楽だ。
王宮周辺には、王宮で働くものたちのための宿屋、というより前世の賃貸マンションや民泊のようなものが大量にあった。
私は治安のよい箇所の、比較的面積の小さい部屋に住むこととした。
私が入った部屋は家族でいるには狭いだろうが、私は私と従者1人で来ているため広く感じた。ただし水回りは共用の井戸と排泄用の容器(水洗トイレなどというものはない)があるくらいでキッチンや風呂はない。コンロもない。
治安がよいところで探しただけあって、結構な値段がしたんだけどね。
食事は働く日は王宮で使用人用の食事が振る舞われ、休日は外食してるらしい。同じアパートの人が言ってた。
そんなこんなで1夜が明け、私は王宮にいる。
「ということでこの書類をすべてスペイン語に訳してくれ。1週間後までにな。」
イタリア語で書かれた書類の山が無造作に置かれる。紙そのものが前世より厚いとはいえ、多すぎるだろ。領地の書類2年分はあるぞ。
しかも時間制限あるのかよ。まあ大事なものだろうから時間制限あるのはわからんでもないが、この量を1週間って正気か。
私に拒否権があるわけもなく、書類の山と格闘する羽目になるのであった。
「ダヴィンチはスペイン語の行政文書が書けるみたいで、本当に良かったです。私にも久々に自由時間ができますね、私久々に演劇を見ようかしら。私、とぉぉってもうれしいです。」
まだ10歳なのに小難しいイタリア語の文書を父親に翻訳させられていた娘イサベルが心底うれしそうに言った。
「そうだな。お前と3人の部下がやっていた翻訳の仕事はあいつにさせられるから、ひさしぶりにたくさん遊んでよいぞ。」
「やったあ!!」
娘が笑顔なのを眺めて表情筋を2mmほど上げながら言う父、フェリペ2世。
これでも笑顔である。笑わないのではなく、表情の変化の度合いが小さいだけである。
家族以外には伝わっていないが。
財政がカスだという理由で高級な翻訳担当を雇わず、まだ10歳の娘とほとんどイタリア語ができなくて、ほぼ戦力になっていないそこらへんの部下に翻訳の仕事を押し付けていたのは公然の秘密だ。
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