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廃ホテル

 順子は橋を渡って、廃ホテルの入り口の前に立っていた。

 彼女の想像した以上に暗く、破損が進んでいて見ているだけで恐怖を感じた。

 立ち入り禁止のための簡単なロープはしてあるが、潜るなり、跨ぐなりすれば中には入れそうだ。

 スマフォのライトを点け、照らしてみる。

 すると、剥がれおちた壁材や天井、積もった埃などに人が歩いたような跡が見えた。

「誰か出入りしてる」

 順子は足跡を辿れば、出入りしているナニモノかを見つけることが出来るのではないかと思った。

「明日の昼に……」

 と、そこまで考えて、彼女は再びホテルの方に近づいた。

 日中、人の行き来があったら、大っぴらに中に入れない。順子はそう考えて、そのままホテルの入り口に進んだ。

 立ち入り禁止のロープを手で持ち上げ広げると、間を通った。

 フロントの脇を抜けると、足跡が二手に分かれていた。

 正面は、椅子やテーブルは無くなっていたが、ロビーになっていたようだ。

 足跡のある右手は、暗く、廊下が先まで繋がっている。

 分かれている左手の足跡は、扉のない小部屋に続いていた。

 壁などに表示は無かったが、トイレだと思われた。

 順子は右手を選択した。

 スマフォのライトが照らし出した足跡は、またしばらく先で分岐している。

 一つは、エレベータに向かっていて、もう一つは階段へと曲がっていた。

「エレベーター!?」

 動くわけがない。破産した廃ホテルなのだ。電気代を払っていない建物に電気を供給する訳がないからだ。

 順子は迷わず階段の方の足跡を追った。

 フロアを上がると、客室が並んでいた。

 変色したり剥がれてしまった絨毯に足跡はない。

 さらに階段を上がったのだろうか。

 しかし、その先の足跡は、圧倒的に薄くなっている。

 足跡のないそのフロアを飛ばし、さらに一つ階段で上がった。

 三階の客室側へも足跡はなく、階段の足跡も半ば消えている。

 客室に続く廊下は、一部天井が落ちていて、その先が見通せなくなっていた。

「さとし!」

 もし本当に山川がここに出入りしているなら、この声に気づいて出てくる、あるいは反応するだろうと順子は思ったのだ。

 だが、何も反応がない。

 仕方なく、階段を降りていった。

 一階に降りると、念のため、エレベーターを確認してみることにした。

 廊下の端で、何かが反応した。

 微かな音。

 電磁石で切り替わる小さなスイッチの音。

 順子にそれが何か、知る術もなかった。

 エレベーターの前に立ち、呼び出しボタンに触れてみる。

「?」

 呼び出しを受け付けた応答として、光るはずのボタンが点かない。

 順子は繰り返しエレベーターの呼び出しボタンを操作するが変化がない。

 こんな廃ホテルに電気を供給しているわけが……

 だが、エレベーター前の床に、降り積もった粉埃にははっきりと分かる足跡が残っている。

「開くのかしら?」

 順子はエレベーターの扉、僅かに開いているところに指をかけた。

『やめろ』

「!」

 順子は、指に力を入れるのを止め、スマフォのライトを使ってあたりを見回す。

 姿は見えない。

『やめろ』

 という声は、この廃ホテルにこだましているのではなく、電子処理としてエコーがかけられているようだった。

 嫌な予感とか、声ではない声のような怪しさがない。

「誰なの?」

 順子の声は廊下に響くだけだった。

 さっきの『やめろ』の声より、よっぽど不気味に響いている。

 もう一度エレベーターの扉に指を掛けてみる。

『祟られるぞ』

 確実にこちらの行動を見ている、と順子は思った。監視していて、警告するためのスピーカーがどこかにある。

「ねぇ、カメラか何かで見てるのね? わかるのよ? ここに何があるの?」

『珍しい人がきたね。仕組みバレてるのかな? けどね、そこを開けると本当に祟られるよ? そこを開けても何も見えない。そして足を踏み入れれば地獄行きだ。行方不明者が一名増えておしまい』

「何よそれ」

『いいからここから出て行け。大体、不法侵入だぞ。時間切れで警備会社がそこに出動した場合、警備会社に払う費用は君に請求するぞ』

 順子は、天井に付けられたカメラを見つけた。そのカメラには、小さく赤く光るLEDがあって、それで監視しているのだと気づいた。

「ちょっと聞くけど、この人、この廃ホテルに出入りしてない?」

 順子は智の写真をスマフォに表示させ、カメラに近づけた。

「どう? この廃ホテル、足跡がいっぱい残ってるから、誰かは出入(ではい)りしていると思うけど」

『帰れ……』

「今更、怖がらせようとしても無駄よ」

 スピーカーから、ため息のような声が聞こえる。

『本当に警備会社が対応するぞ』

「ちょっと!」

『出ていけ!』

 その音声と同時に、警報音が鳴った。

 これが警備会社への通報を知らせるものなのだろう、直感的にそう理解した。

 順子は、諦めて廃ホテルを後にした。




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