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順子

 藤村(ふじむら)順子(じゅんこ)は怒っていた。

 交際相手の山川(やまかわ)(さとし)が通話を途中で切り、また音信不通になったからだ。

 音信不通とは言え、スマフォのLINKにメッセージを入れれば、既読にはなる。

 だが、応答はない。既読スルーされているから余計に腹が立っていた。

 順子は電話(スマフォ)で友達と話している。

「あったま来たから私も休暇とって、乗り込んでやろうかと」

「何それ? 本当に怒ってんの?」

「自分だけ何日も観光しまくって。そんなにいいとこなら連れてけってんだ」

 順子は、スマフォをスピーカーに切り替えて旅行バッグに荷物を詰めていた。

「だから、それって怒ってるわけじゃないんでしょ。羨ましいだけでしょ」

「旅館は数軒しかないから、すぐわかると思うんだよね」

「まあ、止めないけど。冷静に考えると、連絡もなしにずっとそこに泊まっているっておかしいって。事件事故の可能性だって……」

 順子はスマフォに顔だけを寄せて声を荒げる。

「絶対そんなことないから、あいつ自分で旅行を楽しんでるだけだから」

「……ま、まぁ、とにかく気をつけて」

「また連絡するね。明日早いからこのへんで」

 スマフォの通話を切った。

 同時に、旅行バッグを閉めた。

 スマートウォッチに明日の起床時刻をセットすると、ベッドに入った。


 翌朝、順子は親と共用している車に乗り込んだ。

 運転席の窓を開け、外にいる父親に車の操作の確認をする。

「結構遠いんだろう? 帰りは彼氏が運転するとして、やっぱり行きはお父さんが送って行こうか」

「いやよ。お父さんだったら、付き合ってる女性の親が出て来たらどう思うの」

「なら、近くの新幹線の駅まで運転するからそこから自分で行けばいい。お父さん駅から電車で帰ってくるよ」

「大丈夫。もう一人でできますから」

「いや、運転はそんなにしたことないだろ」

「そう言ってたらいつまでも出来ないじゃない」

 母がいう。

「お父さん。もう諦めたらどうですか」

「……」

 心配そうに見つめる両親に小さく手を振り、順子は言った。

「行ってきます」


 車は順調に高速に入り、途中渋滞もあったが目的の県についた。

 時刻は昼を過ぎていて、山陰に日がかかり始めていた。

 順子が予定していたより時間が掛かっていた。

 智の泊まっている街に着いた時は、あたりは真っ暗だった。

 とりあえず今日泊まる宿に車を止め、チェックインを済ませると街にでた。

 今いる街の中心側、泊まっているホテルを含めて四軒、小さな川を挟んで三軒のホテルや旅館がある。

 この件数なら今日中に回れるだろう、と順子は思っていた。

 スマフォに智の写真を用意し『彼と連絡が取れない』ということを説明すれば、地方の旅館のコンプラは緩いだろうから、情報を教えてくれるとたかをくくっていたのだ。

 隣のホテルに入りフロントで話をする。

「存じ上げません」

「そこをなんとかお願いします。車で事故をして記憶を失っている可能性もあるんです」

「事情が事情ですから、警察に届け出た方が良いのでは?」

 順子は、三十分ほど粘ったが、状況は変わらなかった。

 それでも粘っていると、フロントの人は『これ以上ここにいられると迷惑だから、警備の人を呼ぶ』という主旨の言葉を繰り返すので、やむなく引き下がった。

「ダメだなぁ……」

 順子はそう言いながらスマフォの地図を見て、川のこちら側の残り二軒を訪ねた。

 だが、結果は同じで、ただ時間だけが浪費された。

 訪ねた先で食事のいい匂いが漂っていて、順子は一度、宿泊するホテルに戻って食事をとった。

 次に川向こうの三件を訪ねた。

 やはりどの旅館・ホテルも対応は同じだった。

 最後の旅館で

「残念だけど、この町で聞き回っても、宿泊者については、個人情報の保護ということで、みんな徹底しているのですんで。本当に事故などであればしっかり届け出た方がよろしいかと」

「……」

 深夜というには浅いが、夜遅い時間になっていた。

 明日、一日この街を張っていれば出会えるだろう。順子はそう考えた。

 だが、宿泊者の行動を考えてみる。旅館やホテルの前に着けられた送迎バスに乗られたら街には出てこない。

 タクシーを呼んだとしても同じように街に現れるわけではない。

 順子は自身の考えが甘かったと思った。

 スマフォでこの地域のことを調べていると、ネットの情報が目に入った。

「廃ホテル……」

 立ち止まって、ネット記事を確認する。

 誰もいないのに声がする、ということで立ち入っては行けないというような記事だった。

 破産するときにオーナーがホテルから川に飛び降り自殺したとか、変な事件や噂が重なっている建物だった。

 その場所は、四軒ある中心街の方で、川沿いに立っているホテルだった。

 順子は、今いる場所からそのホテルが見えることに気づいた。

「もしかして、これ?」

 川を挟んで反対側に立っている大きなホテルだった。

 客室の窓が全て河岸に向かっていて、この小さな川の風景を眺められるように造られていた。

 暗くて良くは分からないが、壁のコンクリートや塗装が剥がれ落ちていたり、一部は蔦がびっしり這っていたりして、気味が悪かった。

 順子はいやな予感がした。会社を辞めて一年働いていない智が、同じ旅館に連泊している。いつもケチケチしている智が、旅行にそんなお金を使うとも思えない。

 ひょっとしてこの廃ホテルにひきずり込まれて……

「ま、まさか」




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