おまけ
焼きそばだったが、存外、出てくるまでの時間がかかった。
具は海鮮を中心とした八品目が細かく刻まれて入っていた。
塩の加減がいいのか、少しニンニクを混ぜたという油に秘密があるのか、それぞれの具の味がよく焼きそばに乗っていて、美味しかった。
出てくるまでの時間はマイナスだったが、出てきた食事の量と、味は自分の好みにあっていて、非常に満足だった。
食べ終わるとお爺さんが、テーブルにやってきて言った。
「どうじゃろか」
「大変美味しかったです」
「まあ、B級ちゅうて、高級なもんではないんですんで」
言いながらお爺さんが、奇妙な笑い顔を作ったので、俺は気を悪くされないように自然に車の方に視線を移した。
車を見た瞬間、俺は今日の目的である露天風呂のことを思い出した。
「お爺さん、そういえば有名な露天風呂に行く途中なんですが、道に迷った気がするんですよ」
「そうけぇ、露天風呂行くんけぇ。ここまで来たら、もう道に迷うことはないですんで」
お爺さんは、外に出ようとしたのか、店の端まで行ったが、引き返した。
「今日は日差しが強いですんで。ここで説明しますんで」
俺はふと思った。ここはずっとこの調子で日差しが強かったのだろうか。
お爺さんは、俺のテーブルの上で、指を使って道を教えてくれる。
「店の前の道、ここが店としますんで。こっち」
俺が行こうとしていた道と同じだ。
「どれくらいかかりますか?」
「一キロないですんで。車なら、五分もかからんですんで」
「……そうですか」
ちょっと信じられなかった。何かが間違っていると思っていた。
まあ、ナビが間違えるようなら、土地勘のない俺はどこにも行けないのだが。
「ありがとうございます。あの、お会計を」
「白焼きそばはこれだけじゃ」
手を広げて金額を示された。
「ワンコインですか。いや、これは人気が出るわけですね」
「B級ちゅうのは、たいてい安いもんじゃろ」
確かに、具は細かく刻まれていた。だから大盛りでも使っている具材はそんなに多くないのかもしれない。細かく刻んでいるからこそ、具材から味が染みてそばに移っていた、とも思える。いろんな要素が混じって成立しているのかもしれない。
俺はたまたまコインがなかったので、お札を一枚取り出すと、お釣りのワンコインが帰ってきた。
「遠くから来なすったんで、これもおまけしときますんで」
俺は、お釣りと共に、お爺さんから『根付け』を渡された。
寝付けには、米粒のような小さな金属がついているだけだった。
「何ですか、これ?」
「この先についとる小さなやつは『鈴』ですんで」
「これが鈴!?」
俺が驚いた声を出すと、お爺さんはそうだろうそうだろう、という調子で頷いた。
「財布に入れればお金が集まって、身につけていれば友達が増える、そういうお守りですんで」
「へぇ」
振ってみたが、鈴の音はしない。
鳴らない鈴に、俺は首を傾げるが、お爺さんは、そのことには触れたくないらしい。
「ぜひぜひ、大切になすってください」
俺の手を握ってくると、お爺さんは祈るように頭を深く深く下げた。
無理やり渡してきたモノについて、そこまで言われるのに違和感があったが、ありがたく受け取ると、俺は食堂を出た。
外の日差しはさっきよりずっと強くなっていた。
何か、目の端に映ったものを確かめようとして、俺は食堂の方を振り返った。
お爺さんがいない。
まあ、俺は、いつまでも見送るような大層な客でもない。
たったワンコインの焼きそばを食っただけの客だ。
さっさと奥に戻って、眠ったのだろう。
俺は大して気にもせずに車に乗り込んだ。
お爺さんにもらった米粒ほどの鈴がついた根付けの写真を撮り、彼女とのLINKにアップした。
『こんなに小さいのに鈴だって。ご利益があるんだってさ。食堂の店主さんからのプレゼント』
俺は一旦メッセージを送った。そして続けた。
『親切な田舎の食堂にて』
俺は車のエンジンをかけ、ナビの案内の通り道に戻った。
「一分ぐらいで着くらしいからな……」
車が道に戻ると、空に雲が流れてきて暗くなった。
車内に鈴の音が響いた。
その鈴の音は、肉体的に鼓膜が揺れて聞こえたのではない。
俺は直感的にそう思った。
正確に言うなら、鈴の音が響いたような気がしたのだ。
俺は、嫌な予感がした。
ルームミラーで一瞬、後方を確認する。
駐車場も含め、さっきの食堂自体が消えたかのように、見えない。
「……」
いや、天候が急変したせいで、暗くなっているから誤認したのだ。
俺はそう思ってもう一度、ルームミラーを見た。
「そんな、馬鹿な……」
車は正面のガードレールに突っ込んでいく。
鈴の音が鳴った。