後日
智は就職希望している企業の面接の帰り、順子と会う約束をしていた。
思ったより早くおわったので、順子の職場の近くの喫茶店に入り、外を眺めていた。
外は順子のオフィスがあるビルの正面がハッキリ見えた。
LINKで連絡があったから、もう出てくる。そう思って視線を向けていた。
すると、順子は同僚だろうか。スーツの男と並んでオートドアを抜けてきた。
「!」
筋肉が震えたように感じる。電気が走ったという方が正しいだろうか。
智の中のスイッチが入った。
すぐにLINKを入れる。
『順子、ちょっと悪いんだけどさ。そこで待っててくれないかな。あと、そこに誰か男の人いない? いたらその人と一緒にいて欲しいんだけど』
智は順子の様子を見ている。
立ち止まって智のLINKを確認している。
スーツの男は、手を振って別れようとした。順子も手を振った。
LINKが返ってくる。
『智、こっち見えてるの? なんで男の人といる必要があるの?』
智は顔を少し隠すようにして外を見続ける。
『男の人が必要なんだ。尾けられてる。俺を待っていると思われたら順子も危ない』
順子は智のLINKを読むと、左右を確認して、帰って行った同僚を追いかけ、引き止めた。
そしてビルの前に戻ってくる。
『やばい。他人行儀だとバレる。その人の腕に抱きついて』
『えーーー』
『いいから!』
順子が同僚の腕を抱えるようにしがみついた。
智の中の何かが湧き上がっていく。
『ほら、相手の人引いてるじゃん。もっと協力してもらって。あと誘惑するように胸元のボタン一つ開けて』
『智、どっかで見てるの? 見てるなら早く来て、一緒に対策を考えましょう』
『もう少しでなんとかなるから』
見ていると腕を抱き締めている男性が、順子の胸をチラチラ意識し始めた。
喫茶店にいる智の脳に、溢れるものがあった。
『顔を近づけて』
そうLINKした後、観察していたが、それ以上のことは起こらなかった。
一分も掛からない内に、智は順子に姿をみつけられてしまった。
NTRという性癖がある、と順子は聞いたことがあった。
女子同士で話していて、彼がそうだったらどうすると話したことがあった。
好きな男を喜ばせるために、誰かに抱かれる。そういう感覚は私にはない、流石にその価値観とは付き合えないと言った。
けれど、最近の智にはそんな性癖が付いたような気がする。
私のファッションにやたら露出の高いのを求めてきて、そういう時に限って人気の多いところに連れ出す。順子が恥ずかしがっているというか、誰かに見られている、取られそうだ、ということを楽しんでいるようだった。
さっき同僚を連れて来いとLINKを送ってきた流れで、その疑いが決定的なものになった。
喫茶店にいた智と合流し、二人は目的のレストランに行く途中だった。
「智、ちょっと」
通りを抜け、デパートに入る。
「今日の店、そっちじゃないけど」
「いいから来て」
デパートの奥、階段のあたりに来て、周囲に人がいないのを確認すると順子は言った。
「もしかして智は『寝取られ』とか好きなの?」
「……」
何か手を動かすとかのアクションをとる訳でもなく、智はただ黙っている。
これは『悪いことをした』時の態度だった。ミスなら言葉を出して謝るが、言葉で謝らない時はほとんどの場合『わざと』したからだった。
「ハッキリいうと、私はイヤ。真面目に止めてくれなかったら、私付き合い方考え直す」
「あんときだで」
順子は体が硬直して動かなくなった。
事件の時の言葉のイントネーションが蘇ったからだ。
「乗っ取られてたけど、俺も意識がうっすらあって、俺でない俺と関係を持ちそうな順子を見てた」
マジなやつだ…… いや、イントネーションの変化を考えれば、もしかしたら……
息を吸ってはく。
両手を大きく開いて、智を見つめる。
相手の注意が集まったところで、勢いよく手を合わせる。
乾いた、高い音が、デパートの階段フロアに響く。
智は目を見開いた。
「な……」
智の瞼が普通の状態に戻ると、首を傾げ、言った。
「なんだっけ。何話してたっけ?」
「本当に覚えてない?」
「うん」
順子は指を顎に当てて考える。
じっと見つめられる智は、少し怯えているようだった。
「分かった。信用する」
順子は笑い、智も笑顔になった。
軽トラックが深い森の中の一本道を走っていた。
左手に空き地が見えてくると、軽トラックの運転手は何か気づいたようで、ブレーキをかけた。
車を降りて、空き地に向かって路肩を進んでいく。
地面に落ちているロープを手に取り、そのロープが止まっていた空き地の端に掛けた。
ロープを引っ張っていく途中、空き地に向かうものと、空き地から出ていくタイヤの跡を、それぞれ見つけた。
「……」
運転手は空き地を見て首を傾げる。
「なんでこんなところに車を入れるかね」
景色が見える場所ではない。看板も何もないから、露天風呂と勘違いするわけもない。
風で外れている訳ではなさそうだし、切れた訳でもない。
ロープを外してまで入ろうとしたということだ。
この空き地に、人を惹きつける何かがあるのだろうか。
一瞬、空き地に光が差し込み、輝いたように見えた。
だが、時間が短かすぎて、現実だったかもよくわからない。
運転手はもう一度首を傾げるが、それ以上考えることはなかった。
「?」
軽トラックに、人が乗っているように見えた。
若い男と、坊主頭の中年男だった。
だが、霧のように掠れていき見えなくなった。
何かが反射して映ったのだろうかと、周囲を見渡すが、写り込んだ元となるものは見つからなかった。
体が寒さを感じたように勝手に震えた。
おもむろに軽トラックに乗り込むと、言った。
「温泉でも寄って、あったまっていくべ」
エンジンをかけると、車は露天風呂へと走り去っていった。
終わり




