告白
智は順子の身体を押し返した。
エレベータの扉が閉まり、二人は再び廃ホテルの暗闇に包まれると、智は口を開いた。
「思い出した」
静かで重い口調だった。
順子はフラフラと進み出た智の背中を見つめていた。
「忘れようとしちゃダメだったんだ。だからこんなに長い間引きこもりになっちゃったんだ」
誰もいない廊下の先を凝視しながら、智は言葉を続ける。
「会社が薬を使って入居者を処理することに気づいたのに」
これは除霊師の最山が言っていたことと同じだ。
「まさか、智が殺したの?」
ロビーの向こう、反対側の廊下の先を見つめている。
「違う。俺は殺してない」
智は膝を着いた。
「俺は知らなかった。本当に知らなかった。だが、結果として俺が出していた食事や、飲ませていた薬で死ぬことになったんだ」
順子は智に言う。
「知らなかった智が悪いんじゃない。騙していた会社が悪いのよ」
「けど、それを知ってしまったのに、俺は…… 俺は」
手をついて、床を見つめる智。
「だから、だからやってはダメだったんだ」
「智?」
「目が回るほど忙しかった。そんなことを考えている暇はなかったんだ。仕方なかったんだよ」
興奮して、うわずって、震えながらも、大きくなっていく声。
「智」
「殺した…… 取れるだけ金を取ってから、モノのように」
「智!?」
順子の声は届いていない。
「俺は殺人犯だ。大変なことをしてしまった。施設を襲って十九人殺したアイツと、俺は同じ……」
「智、自分だけを責めるのはやめて」
「ダメだ。俺は社会に出たら」
頭を抱えながら、智は額を床に擦り付け始めた。
順子は落ち着かせようと横に座り背中をさするが、状況は全く変わらない。
「藤堂さんのご家族が来て、マネージャーに何か封書を渡していた」
それだけで殺人の依頼とはわからないだろう。中身の書簡が残っているとか、受け渡しの映像が残っていないと証拠にはならないだろう。智はその封書の中身を確認している訳ではなかった。
「思えばあれが殺人の依頼だったんだ」
順子が聞き直すが、智の思い込みかもしれない。
本当に依頼はあったかもしれないが、封書の受け渡しだけでは証拠としては薄い。
「直後から、藤堂さんに与えられる薬の量が、明らかにアップした。確かに用法の範囲ではあったが、範囲の上限だった」
智は藤堂さんに出している薬の量のグラフを見ていた。
ある程度用量に自由度のある薬であり、直ちにそれが体調不良につながるとは思えないものだった。
「それから数日し、藤堂さんの体を洗っていると、体のあちこちに痣があった。聞くとよく転ぶようになったと言う。本人は『歳だからなぁ』と笑っていた。俺は日誌を見たが、藤堂さんが転んだということが一つも書かれていなかった。俺は当直や他のスタッフに言った『何を見ていたのか』と」
順子は聞いていて、智自身の精神的問題が『藤堂』さんを通して顕在化していたのではないかと予想した。
鏡に映った自分の心の姿。
「俺は藤堂さんの担当から外された。マネージャーは俺に『藤堂』さんに関わるな、と言われた」
智の被害妄想が、担当を外れたことを悪く記憶しているのではないだろうか。
「何故かと問うと、『藤堂さんがお前の顔を見たくないからだ』という。確かに性格的な相性のようなものがあり、どうしても人がいない場合を除いて、担当スタッフを入居者の意向に合わせることがある。しかし、俺と藤堂さんの間にそんなことはない。俺は藤堂さんに確認したかった。だが、近づこうとすると、スタッフが連れ出したり、他の案件が発生したりして声もかけれなくなった」
そんなにあからさまに隠そうとするだろうか。順子はもう智の話を信じられなくなっていた。
「藤堂さんと接することが出来ないまま、数日が経ち、他の入居者のケアなどで忙殺されていく中で、俺は藤堂さんのことを忘れてしまった。もっとしつこく、しっかり見ていれば良かったんだ」
おそらく智の中の『後悔の念』が強すぎるのだ。その姿は、まるで何かに取り憑かれているようにも思える。
「智は悪くないよ」
『藤村さん』
スピーカーから最山の声が響いた。
『おそらくだけど、霊に乗っ取られていた時に、穢れに関するさまざまな記憶が、再生され整理されたんだと思う。まあ、霊のカスがついているみたいなもんだ、私の言うことに従って』
順子はカメラの側を向いた。
『さっきのお酒、まだ残ってるかな?』
「はい」
『こっちが祓詞を言うから、終わったらお酒を含んで彼に吹きかけて。少量でいい』
スピーカーから最山の声が聞こえてくる。
一連の言葉が終わると、順子は酒を口に含んで吹いた。
『OK、そしたら、気合を入れるように、平手で彼の背中を叩いてあげて』
「?」
順子は首を捻りながら、智の背中に向かって手のひらを振り上げた。
振り下ろすと、気持ちがいいほど乾いた音がした。
智の動きが止まった。
智が立ち上がると言う。
「とにかく、会社の悪事を社会に訴えよう」
「そうよ。次の仕事も探さなきゃいけないんだし」
智は、順子を引き寄せると、言った。
「順子を待たせてるもんな」
「……」
二人は抱き合い、見つめ合うと、気持ちが高まってきた。
顔が近づいていく。
「結婚……」
すると最山の声がした。
『すごい。君、才能あるよ。リモート除霊のバイトやらない?』
順子はカメラを睨みつけた。
「もう!」
中指を立てると、最山に向かって言った。
「もう、こんな目に遭うのはゴメンです」
「ああ、もう二度とあんなことはしない」
「智」
再び二人の顔が近づくと、廃ホテルに朝日が差し込んだ。
監視カメラは一瞬、白飛びして映像を失った。
陽光で見えなかったその映像が残っていれば、智と順子のキスが映っていただろう。




