避難
『ちょっと待った。そろそろ危険だ。山川君。エレベータのかごの中に入ってくれ』
「なぜ」
『霊がやってきてるからさ。今の君はまた乗っ取られる。ちょっとエレベータを動かしてくれるかな?』
「こんな廃ホテルのエレベータ動かせるわけ」
扉が開き、廊下にかご内の光が広がった。
「智、いいから中に入って」
『早くして。乗っ取られたら、また明日になってしまう。続けていると本当に本人と入れ替わってしまうぞ』
その言葉が恐ろしかったのか、智は走ってエレベータの中に入った。
エレベータの扉が閉まって、閉ざされた。
『よし、電源落とした』
と、別の声がそう言った。
『彼の話の続きをしていいかな。君が山川の彼女なら聞いておいた方がいい』
再び、除霊師の最山がそう言った。
「智の『穢れ』のことですか」
『そうだ』
少し間があってから、話が続けられた。
『昼過ぎ、この件をビル警備している西田さんから受けたとき、僕は親戚一同が乗ったマイクロバスの事故をすぐに思い出した。何度か関係する除霊案件があったことを情報として知っていたからね。このマイクロバスの件で、僕が謎に思っていたのはそもそもキッカケとなった葬儀、つまり家長の死だった』
順子は『カタカタ』と廃ホテルに残っている家具類が動き出す音を聞いた。
騒がしい幽霊というやつだ。
『悪霊たちが鈴を見つけたようだね。君は変なことを考えずにじっとしてれば見つからないから、安心して』
「わかりました。けど、彼は?」
『彼はこの近辺では一番霊にみつかりにくい場所にいるから大丈夫』
エレベータのかごの中。そこが一番霊に見つかりにくい。
ビル警備の西田さんが、順子を匿ったのがエレベータのかご内だったが、昼の段階では、まさかその対応が一番良い方法だったとは分からないでいた。
『家長は都心で養護老人ホームに入っていた。彼はそこで繋がりがあったんだと思うよ。老人ホームの名前までは一致したからね。問題はそこじゃない。その老人ホームに、家長の藤堂新太を殺すよう依頼をかけ、老人ホーム側の従業員が殺人に加担したと言う噂のことだ』
「老人ホームが殺人に加担?」
『遺産目当てに親族が依頼したと言われている。はっきりと他殺とわかるものだったら警察が動いているだろう。よほど巧妙に行ったと思われる。私はこの噂の信憑性は高いと思っている』
老人ホーム側としては財産を持った入居者を殺してしまっては、メリットがないはずだ。それに、その言い方だとまるで智が家長を殺したとでも言わんばかりだ。
「老人ホームとしては、入居者に死なれたらメリットないし、そもそも智がそんなことするわけないでしょう」
『老人ホーム側は結構な前金もらっているのだから、大して損はないんだよ。出来れば頂く費用と作業が見合う、若いうちに死んでほしいと思っているさ。それと、彼が殺したとは言ってない。彼は老人ホーム側が加担したことを何かで知ってしまったのかもしれない。知っていて黙っているだけでもそれは十分、ケガレと呼べる』
「会社ぐるみなら会社の方が悪いじゃない。なぜ智だけこんな目に合わないといけないの」
もう誰にこの怒りをぶつけて良いかわからない。順子は吐き捨てるようにそう言った。
『悪い人、全てにバチが当たる訳ではない。彼は最悪なことにここにケガレを持ったまま、この地に導かれてしまったんだよ。もっと悪い実行犯がいたとしても、この地に来なければ、バチが当たらない』
何か理不尽だ。順子は拳を握り込んだ。
「ちょっと待って、マイクロバスに乗って死んだ連中は、老人ホームに本家の家長を殺すように依頼した連中ってことになるわよね。そいつらの方がよっぽど『穢れ』てるじゃない」
『だから悪霊になってこの世を彷徨ってる』
順子は黙って俯いた。
その噂が事実なら、智はそのことで悩んで休職し、会社側もこれ以上探られるのを恐れて解雇にしたのかもしれない。
もしそうなら、なんで早く相談してくれなかったのだろう。
他の誰にも相談出来なくとも、私にだけは言って欲しかった。
順子はそう思いながら、瞼を閉じた。
『君! それより、お祓いの用意をして。今、そこにはいっぱい居るんだよ、悪霊が』
その言葉に続いて、ホテルのスピーカーからリモート除霊のための指示が入った。
順子は慌ててコンビニに買いに行く。
御神酒の代わりに、順子が口に含んで吐いた日本酒を吹き、ロビーの四隅に塩を山盛りに置く。
スピーカーから声がした。
『始めるよ』
リモート除霊が始まった。
祓詞がスピーカーから流れてくる。
うねるように声が延々と続けて発せられた。
時折、西田さんの声が混じった。
『も、もしかして、この映像の歪みが悪霊ですか?』
順子は、時折、お酒を含んでは吹いて、撒いた。
祓詞が続くと、順子は眠くなってしまい、座り込んでしまった。
『お酒を撒いて』
監視カメラを通じて、様子がおかしいことに気づく。
『起きて! そこで寝ると、危険ですから』
連日の疲労から、順子は完全に落ちていた。
『起きなさい! 西田さん、これ、音量上げれないの?』
俯いた順子の周りを、霊が取り囲んでいた。
「う……」
『藤村さん! しっかりして!』
その言葉は順子に届かないまま、完全に横になってしまった。
『まずいぞ』
直後、順子が立ち上がる。
そして腰が曲がった老人のような姿で、フラフラと歩き始めた。
『藤村さん!』
西田の声が続く。
『ケガレがないはずの彼女が何故乗っ取られたんですか? 憑いた霊はリモート除霊出来ないんですか?』
『まずい! エレベータを開ける気だ!』
順子はゆっくりエレベータの前に進むと、指を扉の隙間に入れ始めた。
『あれは簡単には開かない』
『藤村さんには開けれないかもしれないが、彼女の中身は悪霊なんだぞ!』
リモート側で揉めている声が、廃ホテルに響く。
『誰かを現地にやれないのか』
と、除霊師最山が言うが、西田は反発する。
『警備に依頼すると金がかかる』
『そんなこと言ってる場合か!』
『金取れるかどうかも曖昧なんだぞ』
苛立つような声だった。
『それこそ霊に取り憑かれたら金を取り損ねる』
『わかった、わかった、考えるから』
西田が警備会社に連絡するのか、何かゴソゴソと音が響いた。




