かごの中
温泉町に警察が来たが、順子は警察とコンタクトが取れない状態だった。
警察は町の様子がおかしいとは思いながら、通報者と連絡が取れないためにそのまま引き返してしまった。
町の人々は『さとし』を中心にした一定の範囲をうろうろしながら、順子を探していた。
そうやって探しているうち、陽が沈んだ。
すると一人、また一人と正気を取り戻して各々の居場所に戻っていった。
勤務が終わったものは車で家に帰ったり、歩いて近くの住まいに帰っていく。
智を乗っ取っている者も、生きていた時の性質から、夜遅くなってくると眠気に襲われた。
「……どこに隠れよったんじゃ」
それは『さとし』ではない誰かのイントネーションで発せられた言葉だった。
あれだけの人間が、町中を探し回ったのに順子を見つけることが出来なかった。
智を乗っ取っているものは、自分がどういうモノなのかを知らないから、それ以上考えることが出来なかった。
もし、霊について知識のあるものならどう考えただろう。
順子がどこにいても、近くならば、霊感に触れてしまい、居場所が分かってしまうだろう。つまり、彼らゾンビのように体を乗っ取られた連中が順子を見つけられなかったということは、二つの可能性がある。
一つは、霊感に触れられないほど遠くに逃げられた。
だが、これはあり得なかった。順子の車は残っていたし、大勢が街をウロウロと探索している状況から短時間で逃げる方法はなかったはずだからだ。
もう一つの可能性として、霊感で触れることが出来ない遮断された空間へ逃げ込む事があった。
順子のスマフォを誤操作させたように、霊感は神秘的な未知のエネルギーではなく、最終的には物理的に理解できるものである。
高周波が建物で反射したり、伝導体に吸収されたりするように、物理的に霊感で察知しにくいところがある。
それは鉄筋コンクリートの建物だった。
この町にも、霊から隠れるのに適した場所がいくつかあった。
その中でも特に一番強固なのは、伝導体で囲まれた場所である。
順子は知ってか知らずか、霊からの追跡をかわすのに最適な場所に逃げ込んでいた。
廃ホテル。
廃ホテルの中の、動かないエレベータ。
中には灯りがなく、真っ暗だった。
その中で、順子は膝を抱えて寝ていた。
最初は怯え、見えない闇を見つめていたが、静寂と暗闇、安心と退屈によって眠りに落ちていたのだ。
順子のスマートウォッチが振動すると目が覚めた。
「!」
ぼんやりとスマートウォッチの画面でエレベータ何の様子が分かった。
すると、順子が何をしたわけでもないのに、エレベータの灯りがついた。
「時間だわ」
エレベータの起動が終わると、順子は立ち上がって『開』ボタンを押した。
鉄の扉が開き、真っ暗な廊下に光が伸びた。
「西田さん、準備はどう?」
と、順子はホテルに向かって話しかけた。
『準備できたよ』
「じゃあ、作戦通りに」
順子の視線の先には、レコーディング中であることを示す赤いLEDが光っている。
『気をつけて』
順子はスマートウォッチのタイマーをセットした。
そして廃ホテルを出て『さとし』が連泊している部屋に向かった。
スマートウォッチで時刻を確認する。
「この時間なら、本人に戻っているはず」
智の部屋の前に着くと、順子は試しに扉に手をかけてみる。
開いている。
ワナかも知れない。
十分に注意しながら、部屋に入っていく。
襖を少し開けて覗き込む。
順子はスマフォを使って『さとし』に音声通話を要求した。
智のスマフォが鳴っている。乗っ取られていなければ、起きて通話するはずだ。
順子は警戒しながら、待った。
『順子?』
訛ってない。
順子は襖を開けて、本人の前に出る。
「智!」
そう言うと、寝ている智に抱きついた。
「この状況、また俺は乗っ取られてたってことか」
順子は頷く。
「早く、ここを出ましょう」
「ここを出るったって、どうすれば」
順子に手を引かれ立ち上がる。
「話は後。例の鈴の入った財布を忘れずに」
「鈴?」
「早く行きましょう」
順子はスマートウォッチのタイマーを見せる。
「着替えさせて」
以前これで失敗している。
「間に合わないから、浴衣のまま出るわよ」
順子はそういうと、智の手を引っ張った。
「奴らに気づかれたらまた明日の夜まで待たなきゃならない」
「奴ら?」
「悪霊よ」
宿を出る際に、フロントを通ると面倒だ。
二人はサムターンカバーを破り、非常階段を通って外に出た。
町を走りながら、廃ホテルを目指す。
息を切らせながら、二人は廃ホテルのフロントについた。
「こんなところで、何するの?」
智は暗い廃ホテルに、少々怯えているようだった。
順子は監視カメラを見て、言った。
「見えてるでしょ?」
「なんのこと?」
『見えてるよ』
とホテルが言った。
「えっ? 誰?」
「ちょっとの間だから、さとしは黙ってて」
順子はカメラの側に言った。
「除霊の方もいるんでしょ?」
ホテルのスピーカーから別の声が流れてきた。
『こちらの映像は見えないかと思いますが、リモート除霊をしてます最山と申します。あの、問題の財布と、持ち主様ご本人は、少し離れてもらえませんか。後、画像が乱れるので、スマフォのライトを切ってもらえますか』
言われた通り智は財布を置いて、少し離れた。
そして二人はスマフォのライトを切る。
暗闇と沈黙。
どれくらい時間が必要なのかもわからない。
何もない時間に耐えかねた順子が言った。
「どうですか?」
『確かに呪われてる』
智も順子の忠告を破って口を開く。
「なんの話だ? カメラの向こうにいるのは誰なんだ?」
『あなたの身に降りかかっていることを改善してあげようとしているんですよ』
声だけが伝わってくるのだが、イライラした感じがわかる。
「回りくどいな」
「やめてよ、智」
順子はさらに続けていく。
「今、リモート除霊をしてもらうところなのよ。智にどんな霊がついて、この財布の中の『鈴』がどんなものなのか、見極めて、祓ってもらうの」
「そもそも『リモートで』除霊なんかできるのか?」
カメラの向こうでムッとしているに違いない。順子が代わりに言う。
「智に近づいたものは霊に乗っ取られてしまう。今日の昼間のこと覚えてる? 霊に意識を乗っ取られた町中の人が、ゾンビみたいにウロウロと歩き回って」
『悪いけど、君の個人情報からわかる限りのことを調べたよ』
「!」
智がカメラの方を睨んだ。
『山川智。以前の仕事は老人ホームの介護士だった』
「やめろ」
順子が驚いたような顔で智を見る。
「どうしたの智」
『悪いけど、やめないよ。君の穢れってやつに関係するからね』
「……」
さらに険しい表情でカメラを睨み付ける智に、順子は一歩引いた。
「どういうこと?」




