死んでいないのにゾンビ?
T字路を右に曲がり、もう一度ガソリンスタンドを検索する。
『五キロ先左側です』
よし。
後は軽トラがこっちに気づかず、さっきのT字路を過ぎ去ってしまうことを祈るだけだ。
ガソリンスタンドの看板が見えてくると、順子はホッとした。
スピードを少し落として走っていると、視野に変化があった。
ルームミラーから後ろを確認すると、軽トラが見えた。
「えっ?」
ダメだ。見える位置からスタンドに入ったら気づかれてしまう。
どこまで逃げたらいいのか。
どこまで走れるのか。
逃げ切れたとしたら?
私は助かる。けど、智はどうなる?
智に会いに来たのではないのか……
この道を走って、どこに着く? その地について私は幸せなのだろうか。
順子は再びスマフォに行き先を告げる。
スマフォの指示に従いながら、車を走らせ続けた。
ついた場所は、最初に泊まったホテルだった。
エンプティ・サインが出続けている。
もうほぼ走れないと考えていいだろう。
順子はホテルのフロントに入った。
操られた智が襲ってきた時に、警察を呼んでくれた。
少しは話が分かってくれるだろう。
フロントに従業員がやってくる。朝の人とは交代しているようだった。
「すみません。お願いがあるんです」
「どちら様ですか?」
「今日、チェックアウトした藤村です」
パソコンで何か確認すると、ホテルの従業員は何か頷いた。
「今朝のことで何かありましたか?」
「そうなんです。ずっと追いかけられてて」
「そう言われましても、警察ではないのでやれることが……」
「私の代わりに警察に通報してください。私の携帯だと」
順子はスマフォを取り出した。
電話をかける画面にしてみせると、スマフォの画面に出鱈目な番号が押されたり、キャンセルをタップしたような動きが現れる。
「ハァ…… 故障しているということですね」
順子は悪寒がした。
「すぐに連絡」
フロントの従業員の様子がおかしい。
「するわけねぇべ」
そう言って、順子の手を取ろうとしてくる。
飛び退いてその手を避けたが、従業員はカウンターを回って、順子を追いかけてきた。
順子は走ってホテルをでた。そこには智と坊主頭の男がいた。
それだけではない。
人気のない町なのに、『さとし』の後方から数人が歩いてきている。
このホテルの人だけではない。
乗っ取った人間が、増えているのだ。
「何やっても無駄ですで」
そうか。
音声で掛ければいい。さっきの検索と同じ要領だ。
「緊急通報を」
乗っ取られている『さとし』が言う。
「キャンセルですで」
いや、他人の声は認識しないはずだ。
そう思って順子は自分のスマフォの画面を見た。
何か画面が出鱈目に勝手にタップされている。
音声操作が画面操作でキャンセルされているのだ。
ホテルから、従業員が追いかけてくる。
順子はそのまま走った。
初日に街の宿を回ったから、フロントのある場所は覚えている。とにかく『さとし』から離れて、正常な状態のうちに警察に電話をしてもらおう、と思った。
あるいは物理ボタン式の電話を借りてしまってもいい。
出来る限り遠くの宿に入り、フロントに話しかける。
「警察を呼びたいんです。電話を貸してください」
「電話? 警察? 何があったんですか?」
順子は説明している間がないと判断して、カウンター越しに電話を使った。
「ちょっと、な、何するんです。電話代請求しますよ」
「警察にかけてるんですから」
朝のことがあるから、すぐ行くとのことだった。
「電話したって無駄だで」
またこの宿のフロントの人も乗っ取られた。
そして、順子を捕まえようと動き始める。
また逃げなければいけないのか。
順子は宿を出る。
連中は『噛まれた』ことで増えていく『ゾンビ』のようだ。
順子は次第に不利になっていく状況に、気持ちが暗くなる。
しかし通報した。街に警察が来るのは間違いない。
走りながら、警察が来たらどうなるか、頭の中でシミュレートしていると、順子はあることに気づいた。
まるで彼女が考えたことが分かっているかのように、後ろを追ってくる『さとし』が言う。
「誰か呼んだって無駄だで」
いや、無駄じゃない。可能性はゼロではない。
希望はある…… 順子は思った。
「いや。可能性はないだで。誰だって『穢れ』なしで生きてはおらんですで。誰を呼んでも、儂らのいいなりだで」
小さな街の道を走りながら、順子は考える。
確かにヤンチャしているような連中が、大人になって警察官をしていたりする。
電話をして真っ先に到着するのはそういう人の可能性がある。
いや、それが偏見だとしても、勉強だけして清廉潔白な人に思えても、人間、生きている間に何も『穢れ』がない、などは言い切れない。
やはり、警察も、あっという間に乗っ取られてしまうだろう。
なら、なぜ私は乗っ取られない?
いや、乗っ取られたではないか。頭の近くで『鈴』を鳴らされた時には乗っ取られた。
ただ、体を取り返せたすぎない。
だから、やはりこの悪霊を祓わない限り、『さとし』を救えないし、この状況から助からない。
何か方法が残っていないか。
順子は通りの植え込みに飛び込み、身を潜めた。
「警察が操られたら、どうしよう……」
警察官は銃を持っているかもしれない。
銃を抜かれる。そんな事態になったら……
私か『さとし』か、それとも他の誰か。
誰かが傷つけられてしまう。
小さな温泉町をうろうろしている連中を、隠れて覗きながら、順子は閃いた。




