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タイレン 〜久々の旅行に出かけたら、体も恋人もシェアされそうになりました  作者: ゆずさくら


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鈴の音

 犯される。

 力ずくで、犯される。

 あまりに迂闊だった。

 市役所の男が出してきた名刺の男は、こいつに違いない。

 先回りして私に近づいたのだ。市役所の男に話したことを聞き、覚え、まるで自分の霊感で言い当てたように言ったにすぎない。

 ここに人がいれば何もしなかったかもしれないが、遅かれ早かれ、別の場所で同じことをしてきたに違いない。

 自分自身の感覚が、他人のように遠く感じられる。

「鈴?」

 男が、履いていたものを脱ぎ、下半身を晒した時だった。

「う……」

 男がそう言うと、直後に白目を剥いた。

 そして男は突然立ち上がる。

 身体をエビのように背中側に逸らし、首が後ろに捩れていく。

「!」

 順子は素早く男から体を離した。

「う……」

 後ろに反っていくのが限界になると、男は勢いよく膝をついた。

 首は反らしていくのではなく、後ろを見るかのように、更に捩れていく。

 男の体から、筋肉や筋が切れるような、不快な音が聞こえてきた。

 男に何か異変が起こっている。自分自身で筋肉や、筋を捻じ切るようなことはできない。

「いや……」

 順子はそう言って、床に擦ったまま後退りすると、顔を逸らした。

 服を整えるのも忘れ、立ち上がると、車に走った。

 男がどうなったか確認せずに、順子は車のエンジンをかけた。

 いいのだろうか。もしあのまま坊主頭のおじさんが死んだとして、それを放置したら死体遺棄になってしまうのでは?

 だけどあのままいたら、襲われるかもしれない。私の立場なら逃げて、逃げていいはずだ。

「……」

 いや、警察に通報をしよう。車の鍵を締めておけば大丈夫だ。

 襲われたと言えば分かってくれるだろう。

 順子はスマフォを手に取り、電話をかけようとする。

 電話の番号をタッチしたはずが、別の番号や取り消しボタンが押されてしまう。

「あっ、あの時と同じ」

 智が部屋を開けようとした時、スマフォで通報しようとしても何かが邪魔して番号が正しく押せなかった。

 この近くに何かあの時と同じような力が働いている。

 順子は周りを見回して、物理キーをもつ電話を探したが、近くに公衆電話のようなものはなかった。

 ハンドルにもたれるように腕をかけ、顔を付けた。

「不可抗力」

 そう不可抗力だわ。

 通報が出来ないなら仕方ない。とにかくここを出よう。

 電話出来る場所から通報すればいい。

 車を発進させようとすると、目の前に智がいた。

「どこいくの」

 車外の声は小さく聞こえる。

 イントネーションが違う。智じゃない。

「どいて! お願い!」

 と、車の中に自身の声が響く。

「せっかく助けたのに」

「こ、殺したの?」

 智は左手を持ち上げる。

 智の左側、順子は右を向く。

 足を引き摺りながら、坊主頭の男が車に向かってくる。

「乗っ取った?」

(けが)れてる。こいつも、だいぶ穢れてる」

 順子は車を無理やりバックさせ、目一杯ハンドルを切ると前進させた。

 タイヤが巻き上げる土煙と共に、車は智の横をすり抜け、駐車場をターンする。

「やった」

 一本道を下っていく。

 まだ昼過ぎの時間だが、ライトをつけて走る。

 しばらく走ると、自分の車の音だけではないことに気づく。

 大きなヘアピンカーブを過ぎると横を振り返る。

 木々の先に軽トラックが追走していた。

 私の腕では、この細い道でこれ以上スピード出すのは無理だ。順子はそう思った。

 車が動いている限り、何かされるわけではない。

 広い道に出でから、アクセルを踏めばいい。バイパスや高速に入れば、軽トラック程度なら、追いつけないだろう。

 順子は細い道を我慢して走り過ぎると、広い道にでた。

 ルームミラーで後ろを見る。

 追ってくるクマはいない。

「よし」

 順子はアクセルを踏み込んだ。

 追ってくる車も、対向車もない。

 時折、後ろを確かめるが、車は見えない。

 何かトラブルで車が止まったのかもしれない。

 ふとメーターを見た。

 エンプティ・サインが出ている。

 車にガソリンを入れないといけない。次に街に出たらスタンドに寄ろう。

 そう思った。

「!」

 正面に軽トラが飛び出してきた。

 脇の林から出てきたせいで、道に泥や枝、草の葉やらを撒き散らした。

 順子はブレーキを踏むと共に、ハンドルを切った。

 車体が横滑りして止まった。

 軽トラも路上で止まっている。

 車のフロントには、泥や削り取った草木の緑がついていた。

「まさか、一直線に森を突っ切ってきたってこと?」

 軽トラから坊主頭のおじさんと、智が出てきた。

 右手の空き地を使っておじさんと智を回避しよう。

 そう思ってハンドルを切りかけてやめた。

「この空き地って……」

 そうだ。この空き地はマイクロバスが突っ込んで大勢の人が事故死した現場。

『穢れ』

 頭を過ぎるその言葉。

 無理やり突っ込むのは、いけない気がする。

 順子は左手の林にハンドルを切る。

 軽トラの後部に少し擦りながらも、無事に抜けることができた。

 後ろの二人は再び軽トラに乗り込む。

 スピードを上げ、連中と距離を取ることができた。

 だが、燃料を入れなければならない。この道沿いの給油所ではバレてしまう。

 かといって……

 順子には土地勘がない。どこの道を曲がれば最短でガソリンスタンドに行けるのかわからないのだ。

 車のナビを使おうと思うが、走行中は出来る操作が限られていた。

 彼女はとりあえず、スマフォに向かって音声で指示する。

「近くのガソリンスタンドを検索」

『五件のガソリンスタンドを発見しました』

「ナビして」

『しばらく道なりです』 

 そうだ。ここは森の中の一本道。

 この道沿いだったらそのガソリンスタンドはパスしなければならない。

 なぜなら、軽トラも同じ道を進んでくるに違いないからだ。

 とにかく、道を曲がれるところがあったら曲がろう。

 そう決めて走り続けた。




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