偶然
順子は、坊主頭のおじさんに訊いた。
「状況というのは?」
「祓いたいものがあるのだろう。それを見てみないと。私の力で足りなければ、お断りすることもあるし、かかる時間によってはもっとお金を頂かないと、私も生活がかかっているから」
まあ、除霊を『生業』としているのなら、そういうことになるだろう。今日そのまま祓えてしまうような霊なら、半日程度だ。一万もあれば十分ではないだろうか。
順子は智の状況を思い返し、おそらく今日も同じ時間には宿に戻っているだろうと思った。
「すみません。祓いたい人と会えるのは、夜になってしまうんです」
「そう…… 深夜に入らなければ追加の料金は頂かないよ」
痛そうに足を抑えている。
「やる前に金額だけ先に教えてくれませんか? あまり高いと払えないので」
「まあ、そうしてもいいけど、途中まで出向いてしま親族、そこまでのお金はいただくよ」
「わかりました」
足を抑えるおじさんに順子は言い加えた。
「どちらにお帰りですか? 車でお送りします」
「ああ、そうかね。それなら、下調べも兼ねて」
「?」
言葉を止めてしまうので、順子は助手席のドアを開けて、おじさんが乗り込むのを待った。
おじさんが乗り終わると、運転席に回ってエンジンをかける。
「君から伝わってきた『霊場』へ行ってみたいのだが、いいかね」
「その…… れいば? とはなんですか」
「おそらく今回の除霊に関係する場所のことだよ。私のいう通り車を走らせてくれればいい」
順子は「わかりました」と言い、しっかりウインカーを出して車を発進させた。
車は、深い森の中の一本道を走っていた。
いつの間にこの道に入ったのかわからなかった。
順子は言った。
「この道……」
「どうかしたのかね」
どうしてこの道が『霊場』につながっているとわかったのか。
そう思うと順子は少し寒気がした。
「昨日何度か通ったんです」
「なるほど」
おじさんは黙ってしまった。
車を運転しているため、順子からはおじさんが何をしているのか、はっきりわからない。
おそらくこの先は一本道だから、黙っていても大きな問題はなさそうだ。
順子はそのまま車を走らせる。
左手に空き地が見えた。
市役所で聞いた、親戚全員が焼け死んだマイクロバスの事故現場だ。
順子は意識してしまい、体が硬くなった。
チラリと横を見ると、おじさんは寝ているように見える。
車を止めるか悩みながら、順子は通り過ぎた。
「……」
このまま先にいくと、露天風呂しかない。
まさか、今日も智は露天風呂にいるのではないだろうか。
そこで会ってしまえば、おじさんに除霊してもらえる。
順子は少しアクセルを踏み込んだ。
車が露天風呂の駐車場についた。
好天にもかかわらず、平日な為か、駐車場には車が一台止まっているだけだった。
「あの軽トラって」
順子は軽トラの近くに車を止めると、助手席のおじさんを起こす。
「すみません。真っ直ぐ走っていたら行き止まりになりました。霊場はここですか?」
「ああ」
そう言ってから、おじさんは目を開け、頷いた。
「そう。ここだよ」
おじさんは車を降りて、露天風呂の方に歩いて行く。
足は良くなったようだ。
足取りを見て、順子はそう思った。
「君も来なさい」
順子は車を降りると、おじさんのところに行く前に、まず、スマフォに転送していた軽トラのナンバープレート画像を見て、駐車場に止まっている軽トラのナンバーと比較する。
「これ、昨日智が乗っていた軽トラだ……」
そしておじさんの方に走っていき、言った…
「おじさん、そこ、その露天風呂にお祓いしてほしい人がいるかもしれません」
おじさんは、黙って振り返った。
そして神妙そうな顔を見せる。
「……」
順子が追いついてくると、露天風呂の方へ歩き始めた。
露天風呂の入り口に着くと、おじさんは言った。
「お祓いするべき人物がいるのは間違いないかね?」
おじさんは目を閉じて腕を組んでいる。
「昨日と同じなら、あの軽トラに乗っているはずで、彼はこの先の露天風呂にいるはずです」
順子がそういうと、おじさんは目を閉じたまま頷いた。
「わかった。それでは君は、脱衣所を通って露天風呂に入りたまえ」
「どうしてですか?」
順子は、おじさんを見つめているが、おじさんは目を開けない。
「禊だよ。これから彼を祓うんだ。穢れを落とす行為が必要なんだよ」
「……私が関係あるんですか」
「ああ、彼の悪霊を祓うことは、君の願いを叶えることでもある」
いいや。服をきたまま、露天風呂の淵で立っていよう。順子は安直にそう思った。
おじさんは目を開けると、男性用の脱衣場を指差した。
「儂もこちらから中へ」
順子はおじさんに押されるように脱衣場に入った。
靴を脱いで、服を着たまま露天風呂の方を覗き見る。
「……あれ? 智、いない?」
順子は、視界の隅で何かが動くのに気づき、振り返る。
「!」
順子が回ったその背後に回り込む者がいた。
口を抑えられ、声が出せない。
「……」
体を捻っても、顔が確認できない。
だが、匂いがした。
さっき、車に押しつけられた時にした剣道や柔道から感じる匂いだ。
チラリと見えた頭に髪もない。
間違いない、さっきのおじさんが襲ってきたのだ。
思い切り力を入れて振りほどこうとすると、足をかけられ、順子は床に押し倒された。
倒れたところで、おじさんの手が順子の口から離れた。
「助けて!」
おじさんを蹴ろうとした足を取られ、引っ張り込まれる。
「助けて!」
「いないよ」
「助けて!」
おじさんは順子の足を強く捻った。
「痛い!」
「騒いだって、誰も来やしない。脱衣所に何も荷物はなかったからな」
駐車場に車があるのは間違いない。絶対に誰かに声が届くはずだ。
順子は必死に声を出した。
「誰か!」
おじさんは、順子に馬乗りになり、頬を叩いた。
「!」
「この露天風呂に来る人間だけがあの駐車場を使うわけじゃないのさ。いいから騒ぐな。露天風呂で溺死したいのか」
やばい。この男は最初から殺すつもりでここを選んでいる。順子は直感的にそう思った。
殺すぞ、とかの脅し文句ではない。露天風呂で溺死などという言葉が、今思いついてスラスラ出てくるわけがない。
頬を叩かれたせいで、血の匂いがする。
鼻の奥か、頬の内側を切ってしまったのだろう。
男は服の下に手を回し、肌に触れてくる。
「助けて……」
私は、こんなに小さい声しか出ないのか。殺される恐怖をチラつかされ、怯えているからだ。順子は、自分自身の弱さを、情けなく感じた。
服を捲り上げ、男の唇が肌に触れた。
悍ましい。この世で一番醜い生き物が肌を撫でてくるのだ。
「助けて……」
やっぱり声が震えている。
ダメだ。何もかもダメになって、ここで殺される。
順子は涙で、脱衣所の天井が見えなくなった。




