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タイレン 〜久々の旅行に出かけたら、体も恋人もシェアされそうになりました  作者: ゆずさくら


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土地

 入った喫茶店は、順子にとって、名も知らない店だった。

 チェーン店ではなく、地元の喫茶店らしかった。家具類が全て濃い木目調で、明かりが暗めに設定されていた。

 見渡す限り客はいない。

 村主(すぐり)の後について進み、順子は店の奥の席に着いた。

 両側がソファーになっていて、背もたれの部分が、席同士の仕切りを兼用している。

「ここ市役所の連中が昼飯に使ったりするんだ」

 村主は順子の反対側の席に、背中をつけて座ると訊ねてきた。

「コーヒーでいい?」

 順子が頷くと、村主は手をあげてカウンターの奥に言った。

「マスター、コーヒー二つ」

 真っ黒いエプロンをした白髪の老人が、カウンターに出てきて支度を始めた。

「まだコーヒー淹れるまで時間かかるから、少し話、しとこうか」

 村主は少し眼鏡のフレームを指先で持ち上げた。

「まだ名前名乗ってなかったね。村主(ふみ)と言います。あなたは?」

藤村(ふじむら)順子(じゅんこ)です」

 そう言うと、村主の目が少しだけ開いたように見えた。

 少し開いた瞼の奥で、舐めるように彼女を見つめる。

「どこの人? 地元じゃないね」

「地元じゃないです」

 村主の口元が、ニヤリと歪んだ。

「一人で来た? それとも友達、それとも彼」

「一人です」

 村主は突然笑った。

「警戒されてるなぁ」

 メガネが少しずれると、指先で整える。

「そりゃそうか」

 村主は肘をテーブルにつき、顔を近づけてきた。

「地元じゃない人は霊能系の話はびっくりするよね。土地に関する祟りとか呪いとか」

 順子はびっくりしたように言う。

「な、何か知ってるんですか?」

 村主は落ち着いた口調で言う。

「知ってる知ってる。この前も……」

 そこまで言うと顔をひいて、背もたれに寄りかかった。

「いや、言えないんだけどね」

 村主は手の平を差し出すように前にして、

「話してみてよ。一人で来たんでしょ。一人じゃ、心細いんじゃないか」

 と言う。

 順子は決心した。

「ここへは一人できたんですが、彼のことで相談が……」

 これまでの事を全て話した。


 コーヒーがテーブルに来た時、二人は沈黙していた。

 マスターが奥に戻っていくと、村主が口を開いた。

「少し言ったかも知れないけどこの地方はそう言う祟りとか呪い、今回だと乗り移りか。そういうの良くある話なんだよ。良い(もの)もあれば悪い(もの)もいる。だからね。逆に、除霊とか、お祓いとかそう言うのも良くあるんだよ」

 順子は黙っている。

「鈴って良く神社とかで見かけるでしょ。あれは鈴の音が穢れを祓い清めてくれるからなんだよね。だけどこの地方ではさっき君が言った『鳴らない鈴』ってのがあって」

 村主は順子の顔を見ながら言った。

「興味ない? 簡単に言うと、耳が聞こえなかった旅の奇術師が、たまたま亡者の集まりの前で奇術、まあつまりは手品(マジック)を披露した。それが亡者、もっと言えば悪霊に気に入られる訳だよ。知っているかどうかはわからないけど、『耳なし芳一』の亜流だよね。ただ耳が聞こえないだけで、悪霊の姿は見えているから、この奇術師は最初からかなり怖かったと思うけど、障害者で、定住できない旅芸人だから、別のところに行ってしまえばもう呼ばれることもないだろう、そう思う訳だ」

 村主はコーヒーを口にすると、話を続けた。

「だが、行く先行く先で、悪霊たちがやってくる。悪霊は芸を見続けているから、機嫌を損ねないためには、新しい奇術を考え、見せなければならない。どうして悪霊が追いかけてくるかわからず、そいつは寺に駆け込むんだよ」

「まさか『鈴』をつけられてたんじゃ」

 村主は笑った。

「まあ、その通りだね。鬼から鈴をつけられていたんだ。奇術師は耳が聞こえないから、そのつけられている鈴の音が分からなかったんだね。寺の和尚は鈴を外そうとするんだけど、強い呪いがかかっていて外せない。『お前には聞こえないだろうが、鈴が付いている。これが鳴らなければ良いと考えた和尚は土を詰めて鈴が鳴らなくしたんだ」

「それじゃ」

「その通り、和尚は字を書いて奇術師に伝えたのだけれど、奇術師も全が理解出来た訳ではなかった。初めの頃は悪霊たちが来なくなって助かった、と思っていた。しかし、やがてその詰めた土がなくなってくると、再び鈴が鳴り出す。鈴の音を聞きつけて悪霊たちが奇術師に集まってくる。新しい奇術(ネタ)が出来なかった奇術師はそこで呪い殺された」

「……それがあの土地?」

 村主は手を振った。

「まさか。奇術師の話は作り話だろう。もっとも、あの土地に関しては別の話があるが……」

「聞かせてください」

 順子は身を乗り出すように言った。

「名前は出せないが、ある家の家長は都心の老人ホームに入居していたんだが、病気でお亡くなりになり、遺体で帰ってきた」

 その家、つまり亡くなった方の土地だったのだろうか。

「家長だったから、地元の親戚一同集まる大きな葬式が行われた。都心ではなく、こっちでだ」

 遺体を持ち出したと言うのだろうか。

「そう。火葬したお骨も持ち帰ってお別れの会をするとかではなく『遺体のまま』こっちに持ってきて、通夜をして、葬式を開いたんだ」

 順子はこの土地の風習なのだろう、と考えた。

「遺産があった。どれだけの遺産だったのかは知らないが。だから大勢の親戚が集まってきた。その親戚の一人が運転手やってたから、葬儀のマイクロバスはそいつが運転した」

「それがあの土地と何か関係するのですか?」

「ここまでは何も関係ないが、関係があるのは葬儀が終わった後だ。親戚一同で露天風呂に行きたいということになったらしい」

 順子は思った。親戚と言っても男性だけではないはずだ。あの露天風呂は混浴だ。親戚だから裸の付き合いとも限らない。なぜそんなことになったのだろう。

「さっき言ったとおり親族の中の一人が運転手で、その露天風呂に向かう、そのマイクロバスを運転した。が、露天風呂に着く途中、ブレーキが壊れたのかマイクロバスは加速したまま、あの食堂に突っ込んだ」

「えっ?」

 村主は頷いた。

「信じられないが、突っ込んだマイクロバスごと、食堂は燃え始めた。乗っていた全員、そして食堂の店主夫婦も焼け死んだ」

「それ、一体いつの話ですか」

「調べてみるといい。ネットにも記事は残っていると思うよ。それ以来、あの土地にまつわる嫌な事件があって」

 順子はスマフォを操作している。

「あ、すみません。ちゃんと聞いてますから、話を続けてください」

「……それ以来、あの道を通る車が引き寄せられるように食堂の駐車場に止まるそうだ。車を止めた者は体調が悪くなったり、妙な幻覚を見たりすると噂になっている。一応、入らないようにロープを張って『立ち入り禁止』と示しているはずなんだが」

 順子はスマフォの上の指を止め、村主に訊ねる。

「体を『乗っ取られた』というのはなかったんですか?」

「さあ、時折噂を聞くぐらいで、全部の案件を知っている訳じゃないからね」

 村主は首を横に振った。

 そして懐から財布を出した。

「お祓いが必要なら、霊能者を紹介するよ」

 財布からは名刺が取り出され、机に置かれた。

 名刺の肩書きに『除霊承ります』と書いてあって、順子は『胡散臭い』と感じた。

 普通なら、祈祷師とか何者かを書いておくだろう。『水回りのトラブル承ります』とは重みが違うのだ。

 彼女の表情から感じ取ったのか、村主が言った。

「まあ、頼むかどうかは君が決めなさい」

 とりあえずその名刺をスマフォで撮影することにした。

 そして、そのまま村主に戻すと、順子は立ち上がった。

「失礼します」

「もう話はいいの? あ、そうだ。コーヒー代だけ奢ってくれ」

「ええ、お約束ですから」

 順子はマスターの所で、支払いを済ませると、一人で喫茶店を出た。




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