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タイレン 〜久々の旅行に出かけたら、体も恋人もシェアされそうになりました  作者: ゆずさくら


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財布

 フロントの通報からしばらくすると、サイレンを鳴らしながら走ってくるパトカーの音が聞こえてきた。

 すると『さとし』は部屋に入ることを諦め、去っていった。

 順子はフロントの従業員と警察に、被害があったかを聞かれた。

 警察側は順子を心配してなのか、手柄を立てたいのか同じことをなん度も訊いてくる。

「被害届があれば捜査できますが」

「いえ、大丈夫です」

「本当ですか? 部屋に入られてからでは遅いですよ」

「その時はまた呼びます。今のところは、本当に大丈夫です」

 中に入っているのは悪霊だが外身は『さとし』なのだ。

 悪霊にだけ手錠をかけることができない以上ここで順子が被害を訴えたら『さとし』が前科者になってしまう。

「わかりました。一応、この画像で近隣の警察には注意を促しておきますから」

 そう言うと、警察は去っていった。

 順子は部屋に戻って、軽く睡眠をとった。


 眠りが浅いせいか、順子はまた夢を見ていた。

 空には、どんよりとした雲が垂れ込めている。

 その空の下。

 暗い森の中を走る一本道。

 車が走っていく。

 レンタカー屋で借りた、ファミリー向けコンパクトカー。

 行き先は、露天風呂だと何となく分かっていた。

 雲が開き、急に陽が差してきた。

 陽のあたる場所に、食堂が浮かび上がって来た。

「?」

 車はウインカーを出して食堂側へ入っていく。

 止まった車から『さとし』が出てきて食堂へ吸い込まれていく。

「助けて!」

 聞こえるはずがなかった。

 私はそこにいないのだから、と順子は思った。

 この風景はきっと、ドローンか何かを通じて、高いところから見下ろしているに違いない。

 だから『さとし』の声が聞こえるわけはなかった。

「助けて!」

 食堂の1Fに並んだ大きな窓が、生き物の口のように大きく開く。

 すると車に戻ろうと必死にもがく『さとし』を吸い込んでしまった。

「智!」

 これが『穢れ』なのだろうか。

 入ってはいけない場所に立ち入ってしまったとか、そういうことだろうか。


 ベッドのアラームが突然鳴る。

 順子はアラームの止め方がわからず、右往左往しているうちに目が覚めた。

「……」

 ベッドに座って首を振った時には、さっき見た夢の内容は忘れてしまっていた。

 代わりに順子は、警察と確認した監視カメラ映像の事を思い出していた。

 フロントに近づいていき、ホテルの従業員がくると『さとし』は財布を取り出し、近づけて『振った』のだ。

 そして直後、ホテルの従業員は『さとし』に予備鍵を渡していた。

「あっ……」

 確かに昨日意識を失う前、つまり乗っ取られる前、『何か』聞いた。

 この行為で人の『意識』を乗っ取ったのだとしたら、あの財布の中に何かあるのだ。

 順子は智とのLINKの内容をもう一度確認した。

 ヒントがあるはずだ。

 あった。小さな小さな、米粒大の小さな鈴。

 根付けだと書いてある。

 智のことだから、財布に入れたに違いない。


 順子はチェックアウトして車に乗り込んだ。

 宿も部屋番号も知れてしまったから、今日またここに戻ることは出来ない。

 順子は考えた。LINKでわかる限りの行動をトレースしたのに、智と私が見たものに違いがあるとすれば『食堂』しかないからだ。

 山を降りると、車は市役所に着いた。

 順子は智が入った食堂(とち)の事を訊ねた。

 役所のおじさんがやってくると、言った。

「一応、土地の所有者は、法務局に行ってもらうことになるけど」

 と言われたが、住所を言うと、すぐに答えが返ってきた。

「ああ、そこは市の土地だよ」

「そうなんですか。じゃあ、前の持ち主について知りたいのですが」

「だからそれ法務局で」

 事務室の奥から、一人手をあげて順子に向かってくる所員がいた。

「過去の土地所有者の名前は答えられないけど、お困りの内容については相談に乗れるよ」

「……」

 順子はその所員の顔を見つめた。

 所員はシルバーのフレームの細いメガネをかけていた。

 そのメガネの奥に、目が見えているのかわからないほど細い目があった。

 髪は短く刈り込まれている。

 最初に対応してくれた人が、その職員を引き止めるように手を伸ばして止めるような格好をした。

「ちょっと、村主(すぐり)さん、何言っているんですか」

 細い目の職員がその手をどけるように払い、進み出てきた。

 順子は自分の抱えている問題を答えていいか悩んだ。

 霊だの、乗り移りだの、話をして笑われないだろうか。

「あそこは立ち入り禁止と書いたロープで仕切られている。何か間違えがあった、ということはないのかね」

「!」

 瞳が見えないその細い目が、鋭く何かを見通しているように思えた。

「村主さん、変なこと話しちゃダメですよ」

「そこでコーヒーを一杯…… 奢ってもらえれば、簡単な話はできるけど」

 順子は頷いた。




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