挑戦
順子はお茶を入れ直し、隣に座っている智と一緒にお茶を飲んでいる。
「……という訳なんだ」
智は自らが理解している事を、一通り順子に話した。
「夜になると一旦、意識が戻るの? だからあの時、LINKの通話に出れたのね」
智は頷く。
「毎晩出てくる人の姿が違うから、夜の時間に交代しているんだと思う」
「じゃあ、さっきも交代前だったってこと?」
「そうなる」
「交代されるがまま、指を咥えて待ってるわけ? ねぇ、何も抵抗できないの?」
順子は自分自身も、突然意識を失っていることを思い出しそれ以上追求しなかった。
智はお茶を口に入れたが、熱すぎたようですぐに湯呑みを置いた。
「けど、だんだん意識を保っている時間が少なくなっている気がして、すごく怖かった」
「何が目的なのかしら」
「わからない」
智は首を横に振る。
「さっきは、私たちの体を使ってエッチしようとしてた」
「そうだったね。意識がない時の行動はほとんどわからないんだけど、実は、さっき少しわかった」
「!」
順子は智を睨んだ。そして、浴衣を合わせるように手を胸の前で交差させる。
「い、意識があったなら、なんで早く正気に戻らなかったのよ」
「目が覚めたり、寝たりを頻繁に繰り返したようになってたんだ、相手も抵抗していたんだと思う」
「まあ、いいわ。こんな気味の悪いところから早く帰りましょう」
順子は立ち上がると、着替えを持って奥の部屋に行った。
襖を閉じて、着替えながら言った。
「何が原因かわからない?」
「……」
人のいる気配はある。
順子は首を傾げながらも言葉を続けた。
「智、着替えてるわよね? 夜だけど、急用ができたと言って、すぐにチェックアウトしましょう」
「……」
「聞こえてる?」
やはり答えは返ってこない。
「この部屋が祟られてるか、このあたりの土地のせいだわ。都心に帰ってそっちで精密検査を受けましょう」
「……んなわけあるケ」
「!」
着替え終わった順子は身構えた。
声からして、智は再び乗っ取られた、と判断したのだ。
順子は、勢いよく襖を開けた。
「あんた誰よ」
浴衣を脱いだ状態で、智は胡座をかいて座っていた。
「誰でもヨカ」
「とにかく帰るわよ」
「……」
今度は反応がない。智の目が虚ろになっていた。順子は腕を組んだ。
「智? 出てこれそうなの?」
「う……」
もしかしたら『さとし』を乗っ取ろうとしているのは老人なのかもしれない。一般的に、夜早く寝てしまうから、もうこの時間起きていることが耐えられないのだ。
順子は『さとし』の頬を平手打ちした。
「ほら、シャキッとしなさい」
「……いてて」
「戻ったわね」
智は頬を手で押さえている。
「ねぇ、そんなことしてないで早く立ち上がって着替えてよ」
「ダメだ…… 俺の意識がある時に腕を縛るとか、そういう……」
智はそのまま並んでいた座椅子に倒れこんでいく。
「えっ? ちょっと、ちょっと待って!」
「う……」
ロープなど用意していない。
順子は部屋にあった手ぬぐいを二つ結び合わせ『さとし』の腕を後ろで縛ろうとした。
縛るのに手間取っていると『さとし』は目を覚ましてしまった。
「なんね!」
言うが早いか、順子は『さとし』に腹を蹴られて、飛ばされていた。
「色気を出して女を連れ込むからこういうことになる」
順子は蹴られたお腹を押さえながら『さとし』を見上げている。
この『さとし』は乗っ取られた智だ。
「知られたからはここから出すもんかね」
「あんた誰?」
そう言って、順子は壁に背中をつけながらゆっくり立ち上がった。
「しらんでええ」
順子が作った手ぬぐいのロープを『さとし』が拾いあげる。
「お前にも『穢れ』をつけてやる」
ジリジリと詰め寄ってくる。
寄られた分だけ、順子も後ろに下がる。
頭の中でカウントダウンして、ゼロになった瞬間、振り返り、襖を開けた。
一瞬、後ろ手を取られかかるが、勢いよく走って振り切った。
追ってくるかも知れないと思うと、後ろを振り返れなかった。
階段を駆け降りている時に、靴を履き損ねたことに気づいた。
ロビーを抜けて、エントランスから宿を出る。
宿のサンダルを履いて外に出る。
時折、後ろを振り返った。
大丈夫。追ってこない。
念のため、複雑に道を変えながら、順子が部屋を取っているホテルに逃げ込んだ。
ホテルの中で順子は、冷静に今日あった事を思い出しながら考える。
この宿泊先は『さとし』に教えていない。だから知られることはない。調べようとしても、順子がそうした時に、『個人情報』の壁があって聞き出せなかったように調べられないはずだ。
その考えが危険じゃないのか。順子は何度か考え直した。
「大丈夫」
胸に手をあて、自分を納得させるかのようにそう言った。
順子は取っている部屋に入り、念のためチェーンを掛けた。
ベッドに腰掛けると、今後の事を考え始めた。
さっき智から聞いた話だと、おそらく日中は『連中』に乗っ取られて続けているだろう。
その時に智に会うのは得策ではない。交代するという今ぐらいの時間を狙って近づく必要がある。
順子はスマートウォッチを見て、時間を記録した。
次にどうやって、順子や智の意識を乗っ取っているのかを考えた。
なんでも、誰でも乗り移れるなら、何も『さとし』に固執する必要はない。
そこら辺にいる人間に自由に乗り移ればいいわけだ。
何か、智でなければならない理由があるに違いない。
「車の事故!?」
順子は思わず声に出していた。
車の事故がきっかけで、霊を呼び込んでしまうようになったと考えると『さとし』でなければならない理由も納得できる。
日中の間に、智が起こした車の事故現場を特定するべきだ。
だがどうやって事故現場を特定するか。
考えながら、順子はベッドに体を横たえていた。




