乗っ取り
藤村順子は自分が予約しているホテルに車を止めると『さとし』から聞いた宿に向かった。
宿のロビーに座り、スマートウォッチで時間を見た。
時間はまだある。
順子はロビーのスタッフに声をかけて、ケーキとコーヒーを頼んだ。
ケーキを口にしながら、訛っている『さとし』の事を考える。
最後にLINKの音声通話をした時はこの地方の訛りはなかった。
通話は一方的に、不自然なタイミングで打ち切られた。
記憶障害のような後遺症があるのだろうか。
とにかく医者に連れて行かないといけない。
もう一度、スマートウォッチで時刻を確認する。
医者に行くならもう時間がない。そもそも近所の病院はどこだろう。ここからどれくらい走ればつくのか。
調べると県庁のある都市が一番近そうだった。下道しかないから一時間弱かかる。
順子は、言葉が訛るような精神疾患があるのかなど『さとし』の病状が何なのかを調べた。
そうしているうちに時間が経っていく。
ケーキは大分前に食べ終わり、コーヒーの最後の一口を飲み干した。
「もうこんな時間」
今すぐ『さとし』が来ても、今日医者に行くのは無理そうだった。
ぼんやりと窓の外、宿の中庭を眺めていると、声をかけられた。
「オイ」
声は『さとし』に違いない。順子は思った。だが、性格が違うくらい、言い方が違っている。
「ここじゃナンダから、部屋イッテ話そう」
言葉のイントネーションがやはり訛っている。
露天風呂でのショックから、順子は『さとし』の部屋に行くのが怖かった。
「ねぇ、智。まずここで話そう」
「ホラ、タテッテ!」
強引に腕を握って立ち上がらせてきた。
順子は体を捩り抵抗した。
「お客さま!」
フロントから宿のスタッフが駆け寄ってくる。
男は笑って手を振った。
「なんね。なんもしてないけん」
宿のスタッフは何度か声をかけながら、それ以上は近付かず、フロントへ戻っていった。
「……」
男は自分の持っていたバッグを揺すった。
第三者からはそれが何を意味するかはわからないだろう。
だが、そこに座っていた順子には『鈴の音が聞こえていた』のだ。
耳に聞こえている訳ではない為、どこから聞こえたのかがわからず、順子は周囲を見回した。
そして『さとし』は、もう一度バッグを揺すった。
順子は座ったまま寝たように頭を垂れる。
直後、そのショックで目を覚ましたように顔を上げた。
「ダレネ?」
と、言った順子の声も訛っていた。
「ヤスケじゃ」
「……まあエエか。久しぶりジャシ」
順子は立ち上がり、その『さとし』について部屋に歩いていった。
二人は部屋にある浴衣に着替えていた。
順子は座椅子に座り、お茶を入れていた。
男は奥の部屋で布団を敷いていた。
順子は言った。
「お茶のむケ」
「イラン。さっさとこっちコ」
「フンイキないノウ」
そう言うと、お茶を啜った。
「ええから、はよコウ」
言葉や、仕草、漂う雰囲気から、二人に若さを感じない。
お茶を飲み、和菓子を一つ食べ終わると、順子は立ち上がり奥の部屋に向かった。
襖を開けると男は布団の上で大の字になって寝ていた。
「ヤスケ?」
男の目は虚ろで、生気が感じられない。
「ほれ?」
順子が浴衣の胸をはだけると、両手を後ろに回して、腕で胸を隠しながら、肌着を外した。
「どうじゃ?」
「う……」
順子は、そのまま男の身体に重なり、口づけした。
男の浴衣をはだけると、肌と肌を重ねた。
「どうじゃ?」
順子は男の下半身に手を伸ばした。
「!」
その時、スマートウォッチのバイブレーションが動いた。
「えっ?」
その声だけでも、数秒前の順子と違うことがわかる。イントネーションや発声方法が違うとしか言いようがない。
男の上から退くと、順子は浴衣の襟を合わせて、帯を締め直した。
胸の肌着を拾い上げて隠すように持った。
「なんで? どういう事? まだロビーのはずじゃ……」
順子は考えた。ロビーにいた時から、今のこの場に意識が飛んでいたのだ。
この状況が理解できないし、なぜ、意識が戻ったのかもわからない。
「智?」
「う……」
大の字に横になっている男の目は虚ろで、反応が返ってこない。
「智!」
左手で胸元を押さえながら、順子は智の体を揺すった。
「?」
股間が膨らんでいるのを見て、順子は無意識に叩いてしまった。
「な、何、オッ立ててるのヨッ!」
男は痛みの為、両手で股間を隠すように縮こまった。
「イテェな、何するんだよ」
その言葉は、さっきの順子にあった変化と同じように、それ以前と発声方法が全く違った。
「今の声? 智、よね?」
「痛いよ。俺、なんで叩かれたの?」
「ごめんなさい」
順子は謝ったが、すぐに言葉を足した。
「そんなことより、智なのね?」
「うん」
「良かった!」
順子は股間を抱えるように横になっている智に覆いかぶさった。




