露天風呂
露天風呂の入り口である脱衣所まで来て、順子は気づいた。
「混浴!?」
露天風呂は県営のものらしく無料で入れる。だが、あまり管理されていない雰囲気がプンプンするのだ。あまり管理されてないとなると、女性にとって様々なリスクが考えられた。
順子は服を着たまま脱衣所の端まで行き、扉についた小さな窓のカーテンを捲って露天風呂が見えるか確認した。
脱衣所から先は、濡れた体を拭うぐらいのスペースがあるだけで、すぐ先が露天風呂になっていた。
川の上に突き出たような場所にあるため、眺めが良かった。
順子は感心した。
確かに雑誌に載せたくなるような風景が広がっている。脱衣所から覗き見ただけでこれなら、湯に浸かっている人はもっと素晴らしい景色が見えるに違いない。
だが、混浴はハードルが高い。
体にタオルを巻くとか、水着が許されるなら、ぜひ入りたい。温泉を見ながら、順子はそう思った。
「!」
その時、仕切りの反対側から温泉に入ってきた男性がいた。
さっき前方を塞いだ軽トラックのドライバーだろうか。バシャバシャと湯を蹴りながら、奥へ移動していく。
いや、そんなことより……
「智!」
順子はそう言うと、脱衣所の扉を開け、露天風呂側に飛び出した。
「智、何やってるの?」
「?」
男は振り返った。
日中、それも屋外で智の体を『はっきり』と見たことはなかった。
順子は少し動揺したが、きっちり確認した。
「智!? ねぇ、なんとか言ってよ」
「なんね。LINKよこす娘かね」
「?」
光の加減なのか、順子には智が少し日焼けしているように見えた。
男は気味悪い笑みを浮かべる。
順子にその表情の変化が感じ取れたかはわからない。
「ほら、ここは混浴だで、一緒に入ろう」
「……」
どう考えても言葉使いが智ではない。だが、顔は『さとし』だし、そもそも裸の身体はよく覚えていないが、体格的には大体一緒だった。
この男を『さとし』として信じて風呂に入るか悩んだ。
疑っているような順子に気づいたのか、男は言葉を変えた。
「ほら、ミテゴラン。二人っきりだヨ。心配ないヨ」
順子はここにいる『さとし』から話を聞き出すことが必要だと考えた。
順子が頷くと、男は風呂に肩まで浸かった。
順子は引き返して脱衣所に戻る。
盗撮とか、怪しいことがないか、もう一度、脱衣所を確認した。
服を脱ぎカゴに入れると、体を手で隠しながら湯船に入った。
湯船に体を入れたまま移動して『さとし』に近づく。
「いい眺め」
「モットコッチコイヨ」
「う、うん」
順子が少し近づくと『さとし』に腕を取られ、すぐ横に引き寄せられた。
「えっ?」
「久しぶりだから色々思い出さないと」
そう言うと『さとし』は順子に口づけした。
口づけはいいとして、と順子は思っていた。
久しぶりに顔を合わせた男女なら、普通のことに思えた。
だが、男の手は、順子の体を弄り始める。
「!」
順子は勢いよく立ち上がった。
「ドウシタ?」
「こんなところで。やめてよ。先に上がってるから!」
そのまま湯船を歩き、体を拭うと脱衣場に入った。
順子は急いで着替えながら言った。
「こんな場所で胸触ってくるって、どういう神経なの」
少なくとも、以前は、日中、しかも公共の場所で、体を求めてくるような非常識な男ではなかった。
何か事故の影響で記憶に混乱があるとか、状況は分からなかったが、状況がわからないのになすがままになることはできない。順子はどこまで彼がいつもの『さとし』なのかが知りたかった。
着替えて、露天風呂の外で待っていると『さとし』が出てきた。
順子は単刀直入に切り込んだ。
「私のこと覚えてる?」
服を着ていると印象が修正され、かなり『さとし』に近づいたように思える。
「ずんこにキマッテるで」
「ずんこ?」
「あっ? ん? じ、ゆんこ、さ」
順子は自分の名前を言い直す『さとし』の顔をじっと見ながら、近づいていった。そして『さとし』の顔や頭部に何か怪我がないか指を這わせた。
「な、何すんね」
途中までされるままだったが『さとし』はそう言って順子の手を振り払った。
「その言葉、どうしちゃったの。もしかして、ここで就職して、ここで暮らすつもり?」
「……」
男は口元に手を当てて何か呟くように独り言を言っている。
「ねぇ、どうなの?」
男は口元隠していたが、駐車場の方を指差した。
「とりあえず、色々話すことあんで部屋にこんか」
「ええ。今どこに泊まってるの?」
順子は『さとし』から宿の名前と部屋番号を聞いた。
「よってくとこあるで、先に宿に戻って」
順子は頷くと車に乗り出発した。
車が立てる砂埃で、ミラーに映った『さとし』の浮かべる気味の悪い笑みに、彼女は気づかなかった。




