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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第四章
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いにしえに思いを馳せて

 桜井たちが家に着くと、真っ先にレンゲが飛び出してきた。


「皇、大地、おかえりなさい。ショウマは無事帰ってきたよ。ボクはとてもうれしい」

 頬をピンクに上気させて、レンゲが大地に抱きついた。


「おっと、危ない。落ち着けよ、レンゲ」

 大地がバランスを崩して、よろめきながらレンゲを受け止めた。


「ダレ?」


 玄関扉の陰に隠れるように身を潜めている明臣に気がついて、レンゲが怪訝そうに訊くと、

「ボクをさらった張本人だよ」

 ショウマが睨んだまま彼らを出迎えた。


 坂本と宗方が「よ、お疲れ」と、居間に入ってきた大地に軽く手を上げ挨拶して、興味津々に後ろにいる明臣を見つめた。

五十嵐と藤原は地の民同士で、日下部と何やら話が弾んでいるようだった。

エドガーが面白そうに口元を上げて桜井に言った。


「わざわざ誘拐犯を連れて来たんだね。それで? キミはこれからどうするつもりなんだい」

 桜井がショウマと鬼島を先に帰らせたときから、何か起こるだろうとエドガーは予想していた。


 みんながレンゲとショウマのために集まってくれたのを見て、桜井の顔が思わずほころんだ。


「みんな、来てくれてありがとう。この人は金剛丸明臣さんといって、今回の騒動を引き起こした張本人だよ。だけどショウマ、彼を許してあげて。彼は、これから鬼の新世界をつくるのに必要不可欠な人なんだ」


 居間の一番奥で、目立たぬように聞き耳を立てていた鬼島が身動きをし、明臣も目を見開いて驚いていた。


「鬼の新世界?」

 エドガーが考え込みながら訊いた。


「はい。これこそが結衣子さんの願いです。彼女の強い思いが、僕らをこうして引き合わせたのだと思います」

「ふうん。だけど、その花冠だけどさ、ほら見て。急に枯れてきちゃったよ」


 言いながら、エドガーがテーブルの真ん中を指差した。

そこには、女神像の頭に乗っていたときよりも茶色く変色し、ずいぶんとみすぼらしくなった花冠が置いてあった。


「ああ、本当だ。では、さっそく森に行きましょうか。レンゲ、ショウマ、力を貸してくれる?」

 そう皇から頼まれて、レンゲとショウマが「もちろん」とご機嫌になり、嬉しそうに羽を広げて羽ばたかせた。


「みんなも一緒に森に行く?」


 桜井が訊くと「当たり前だろ」「当然」「何言ってるんだよ」「はあ! ふざけんなよ」と、呆れるように全員に突っ込まれ、桜井は苦笑いをして頭をかいた。



 ぞろぞろと、少年から壮年の男性が集団で公園内を歩いているのは、少なからず目を引く光景であった。

少年たちは楽しそうに、かつて行ったことのある公園内の奥に駆けて行ったが、鬼島と明臣はどうしたらよいか分からず、二人とも足取りが重く距離を取っていた。

そんな二人をエドガーが見て桜井に言った。


「あの二人は赤鬼と青鬼で敵対しているはずだ。一緒に連れてきて大丈夫なのか? キミは何を考えている?」


「あの二人は似た者同士です。与えられた地位と能力を上手く使おうとしない。かつての僕と同じです。明臣さんは生い立ちのせいで、自分の居場所を見つけられず、鬼島さんは嫌々本家の跡目を継いだ。だけど、二人とも権力には興味ないんです」


 桜井は嬉しそうに続けた。


「僕は、結衣子さんと心を通じ合わせた精霊を自由にして森に返してあげたい。そうすれば、鬼島さんの中にいる精霊がいなくなり、金剛丸隊長との関係も良くなるはずです」


「……ボクの知らない間にキミは、皇として色々経験したんだね。神来人として誇りに思うよ」

 エドガーは眩しそうに目を細めて桜井を見つめ、見つめられて桜井は照れくさそうに頬を染めた。


 レンゲとショウマが例の沼の跡地に一番乗りで着いて、「みんな、早くおいでよ」と急き立てた。

桜井が持っている花冠をショウマに渡し、「どうかな?」と訊くと、ショウマは花冠をじっと見つめてからニッコリ頷いて、「これを鬼島の頭に被せて」と言って、花冠を桜井に返した。


「レンゲショウマの花が咲いていないと、ここは何か寂しいな」 

 宗方が、花畑一面の枯れた茎葉を見て藤原に言うと、「ああ、そうだな」と、感慨深そうな表情で呟いた。


 桜井が鬼島の頭に枯れた花冠を載せると、渋々黙ってされるがままになっていた鬼島が、一瞬ビクッと体を震わせ腹部に手を置いた。

鬼島の丹田に宿っていた精霊の欠片が光りだし、その光は鬼島の体を駆け上って花冠に集まりだした。


 一同が瞬きもしないで見守る中、レンゲとショウマが羽ばたいて鬼島の頭から光っている花冠を手に取ると、しだいにシロツメクサの花が生き生きとしてきた。

花冠はレンゲとショウマの手の中で解けて広がり、様々な種類の植物に成長した。

花畑の上を飛びながら二人が楽しそうに踊ると、シュルシュルと四方八方に茎が伸びて花畑に降り立ち花を咲かせた。

どこからか蝶も現れて、それはそれは見事な花の楽園に生まれ変わった。


「やっぱり、いつ見ても感心するわ。すげえな」


 目の前の出来事に坂本が興奮していると、地の民である五十嵐と藤原が頷いた。

明臣は驚きのあまり茫然と立ち尽くしているが、日下部は慌てて鬼島に駆け寄った。

鬼島は花冠を外されるのと同時に、ずるずると崩れ落ちたのだ。


「鬼島さん! 鬼島さん! しっかりして!」

 心配のあまり体を揺すりながら叫ぶが、鬼島はピクリとも動かない。


「ああ、どうしよう。鬼島さん!」

 慌てふためいている日下部に、桜井が声をかけた。


「大丈夫です。体の中が急に変化したので、いっとき気を失っているだけです。すぐに慣れて目を覚ましますよ」

 言い終わらないうちに鬼島が「うう……ん」という寝言のような声を出し、薄目を開けた。


「ああ、ああ、良かった」

 日下部の安堵した声がみんなの耳に届いた。


「ほらね。……レンゲ! ショウマ! ありがとー 素敵な花畑になったね」


 桜井が口元に両手をあてて大声で言うと、レンゲは一回転してはしゃぎまわった。

ショウマも嬉しそうに手を振って桜井のもとに下りてきた。


「鬼島の中にいた精霊は森に帰りました。結衣子との約束を果たし自由になれて、とても喜んでいました」

 藤色の瞳をキラキラさせてショウマは言った。


「うん、ありがとう。本当に助かったよ」

「いいえ、皇の力になれて、ボクもレンゲもとてもうれしい」

 ショウマは魅力的な笑顔で言ってから、レンゲの踊りに加わるために羽ばたいた。



 花園を眺めながら、学校のみんなは愛してやまないレンゲとショウマを囲み、積もる話をしている。

そこから少し離れた場所で、桜井はエドガーを交えて鬼島と明臣、それに日下部と相対していた。


「大雅君、キミは少し鬼族に首を突っ込みすぎじゃないか?」

 エドガーが口火を切ると、鬼島と明臣が桜井に顔を向けた。


「先生! 久保さんと松尾さんは天上人ですよ。鬼はその二人を利用して、多くの天上人を苦しめた。僕は皇として黙っているわけにはいかない」


「しかし鬼といっても、それは青鬼の一部だろう?」


「先生! 青鬼とか赤鬼とか関係ないんです。鬼の社会が健全でないから、歪だからこういう不幸なことが起こるのです…………。それは神来人にも言えること。かつて風の民を追放したり、悪魔の力を持つと言って、天上人を闇の一族として葬ってしまった。神来人の社会も健全ではなかったんです」


 一点を見つめ強い調子で言う桜井を、エドガーはただ黙って見守っていた。


「結衣子さんは分かっていたんです。鬼の社会が不安定になれば、神来人の社会もまた不安定になることを。同じ世界に生きていれば、互いに影響し合っていることを。だから僕は、皇として結衣子さんの遺志を継がなければいけない」


 エドガーは小さくため息を漏らした。

「大雅君の言いたいことはわかるけれど、下手をすると鬼との闘争が始まるよ」


「はい。だから明臣さんと鬼島さんと話し合うんです。大丈夫、二人ならばきっと話が合うと思います」

 桜井は明臣を指差して、

「明臣さんが望むように、今の赤鬼と青鬼の世界を潰しましょう」


 澄まし顔で言うと、明臣は苦々しい表情になり、

「はは、出来るわけないだろ」

 と、鬼島があきれ気味に言った。


「どうして? 銀目の鬼と王族の血を引く鬼がいるのに? あなた方が手を組めば怖いものは無いと思うけどな。先生、そう思いませんか?」


 エドガーに振ると、エドガーは両手を組んで考え込みながら言った。

「抵抗勢力にあって、単に権力が増えるだけかもしれないよ」


「先生、大丈夫です。現実的に赤鬼の支配者は明臣さんで、青鬼の統治者は鬼島さんだ。だから明臣さんが、煩い年寄り連中を銀目で黙らせればいい。銀目の明臣さんは無敵だから……。ああ、ダイチを除いてね」

 桜井が悪戯っぽく明臣に目配せした。


「赤鬼も青鬼も、同じ鬼族なのだから仲が良いはずだ。そうでしょ。結衣子さんの時代の関係に戻るだけです。鬼島さんはどう考えますか?」


「おまえは」と言って、鬼島は桜井を顎で示した。

「人の記憶を読み取ることが出来るようだ。俺と、きっとそいつの記憶も読んだのだろう? それでそう判断したのならば、可能なんだろうよ」


 明臣を見つめながら鬼島が答え、だけど、と続けた。

「俺は赤鬼のお尋ね者になっているから、あの赤鬼部隊の隊長が黙ってないだろう」


「ああ、それはもう解決しています。お尋ね者になったのは、赤鬼の年寄り連中の策略ですから、明臣さんに任せればいい。それに、隊長も疑問を持ち始めていましたし、二人に影響を与えていた精霊がいなくなったから、これからは隊長も、何で鬼島さんに固執していたか不思議に思うことでしょう」


 鬼島は桜井を穴が開くほど見つめ、明臣に言った。


「たぶん、こいつは今までの皇の中では断トツに能力が高い。それはおまえも分かるだろ。こうして俺たちが集まれるのも皇のおかげだ。このチャンスを逃す手はない。俺は賛成だ。やるよ」


 明臣も鬼島を見つめ軽く頷いた。


 それを確認した桜井は、少年の笑顔に戻り、

「山本さんに隊長を連れてくるように言ってあるので、もうじきここに現れると思います」

 と言うと鬼島が嫌そうな表情になり、桜井は破顔大笑した。


 みんなの笑い声がする方に目を向けると、楽園はさらに花が咲き誇り天国と見間違えるほどの美しさだった。

桜井はゆっくりとみんなの所に足を向けた。


   完

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