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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第四章
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金色と緋色の目を持つ男

 三人が木陰に隠れながら屋敷に近づくも、立派な門柱の外に見張りは見当たらなかった。

鬼島が疑わしそうに大地と屋敷を交互に見て言った。


「なあ、本当にここにいるのか? それにしては守衛もいないし、警戒心も全く感じられない。それどころか、人がいるように思えないぞ」

「ふん、ここにいるのは間違いない。ショウマをさらった奴らが出て行くのを確認したからな。だが、その後の出入りはない」


 大地がむっとして鬼島を睨むが、鬼島はお構いなしに門扉に近づいた。


「おい、待てよ。見つかるぞ」

 慌てて止めに入るが、鬼島は手をひらひらさせて大丈夫だと言う。

「奴らは、皇が追いかけてくるのは十分考えているはずだ。なのに、ここにちびを連れ込んでも手下を配置しないのは、皇に会うつもりなんだよ」


 桜井を見つめる鬼島の目が金色になり戦闘モードになりだしたのを、桜井が止めに入った。


「落ち着いてください、鬼島さん。ならば会って、話を聞こうじゃないですか」

「ちょっと待てよ、大雅。罠じゃないのか?」


 大地が屋敷の匂いと気配に集中するのを見て、桜井が口を開く。


「どう? 人がいっぱい隠れていそう?」

「いいや……。全く人がいる気配がない。むしろ不気味だな」

 大地が不安そうに屋敷を見つめた。

「オッケイ。……では行こう。ショウマが待っている」


 桜井が門扉に手をかけると、音もなく静かに内側に開いた。

目前の道を進み、三人が身長の倍はある屋敷の扉の前に立つと、桜井が獅子の頭のドアノッカーの輪を持って叩いた。


 扉を開けたのは、身なりのきちっとした執事らしき初老の男だった。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 桜井が口を開くよりも先に男は言って、後ろに下がった。



 薄暗い廊下を進み、案内されたのはがらんとした大広間だった。

かつてはここで、夜な夜な華やかなパーティーをし、豪華な食事に舌鼓を打ったのかもしれない。

そんな名残りを感じさせるシャンデリアや内装の豪華さが、かえって寂れた感を強調していた。


 部屋の中央には、石造と思われる彫刻が置かれていて、アーチ窓から照らされる柔らかい光に包まれて微笑んでいた。

壁際には高度な職人の技で施された、華やかな装飾のテーブルとソファーがあり、そこにショウマがちんまりと座っていた。

ショウマが三人に気が付くと、パッと明るい表情になり叫んだ。


「皇! やっぱり来てくれた! 大地! 会いたかったよ!」

 ショウマの顔は急に歪み、藤色の瞳からポロポロと涙が落ちた。


「遅くなってごめん、ショウマ」

 大地がショウマに近づこうと一歩足を踏み出したとき、背後から微かな衣擦れの音がして、ギョッとして振り向くと、大柄な男が立ってこちらをじっと見つめていた。


「誰だ! おまえ!」

 大地が身構えると、その男が両手を広げて歓迎の仕草をした。


「ははは、やっぱり報告通り優秀な皇だ。容易くここを見つけたようだね。ところで、どっちの少年が皇なんだい? きみかな?」


 桜井と大地を交互に見てから、桜井を指差した。

そのとき扉の近くにいた鬼島に気が付いたらしく、怪訝な表情をした。


「あれは誰だ? まさか鬼島なのか? いやいや青鬼が金剛丸の屋敷に?」

 明臣は目を見開いて

「信じられない」と言って笑い出した。


「あはははは。こんなところに鬼島を連れて来るなんて、いったいきみは何を考えているんだい」

 桜井に向き直ると明臣の体はむくむくと膨らみだし、爪も鋭く伸びて鬼に変化しだした。


「待て! 僕たちは戦いに来たのではない。そこにいるショウマを引き取りに来ただけだ。あなた達がショウマにしたことは許しがたいけど、素直にショウマを渡せば僕らは帰る」


 変化する明臣を警戒しながら桜井が言ったが、明臣はさも楽しそうに笑い目を見開いた。

その目を桜井は不思議そうに見つめ、鬼島は驚きのあまり

「何だその目は! ありえない!」と叫んだ。


 明臣の瞳は、左右の色が異なっていた。

右目は緋色に、そして左目は金色になっているのだ。


「右は赤鬼で左は青鬼の目を持っているってこと? 凄いな……」

 桜井が感心してまじまじと見つめるのを、鬼島が首を横に振って否定する。


「いいや、ありえない。赤鬼と青鬼の両方の血が流れていても、どちらかの血を受け継ぐはずだ。両方なんて聞いたことがない」

「ははは、目の前の私を見ろ。現にここにいるじゃないか。さあ、かかってこい鬼島! 私を倒すのは容易ではないぞ」


 鋼のような筋肉を身にまとった明臣が鬼島を挑発すると、桜井が鬼島の腕をつかんだ。


「駄目です鬼島さん。これは鬼同士の喧嘩ではない。挑発に乗らないでください。ややこしくなるだけだ」

 桜井が止めに入り、明臣に不愉快そうに言った。


「それに、あなたは僕らを知っているようだけど、僕はあなたを知らない。いったい何者なんだ?」

 眉間に皺を寄せる桜井を一瞥して、明臣が「ああ、これは失礼した」と、子馬鹿にしたように自己紹介しだした。


「私は金剛丸明臣。本家の主は金剛丸翁だが、実質支配者はこの私だ。だからこの件は、私の命により動いている。これでいいか?」

「……騒ぎを大きくしたくないのなら、さっきも言ったようにショウマを連れて帰るのを止めるな。何が目的なんだ?」


 桜井は、オッドアイの目を持つ男に何か想像を上回る秘密がありそうで、一抹の不安を覚えた。


「目的? はっ! 翁の戯言に付き合っただけだ。その子供は連れていけ。花輪などどうでもいい。だけど、今こうして鬼島が目の前にいるのだから、手合わせしたい。どちらが強いか試そうじゃないか」


 目をらんらんと輝かせて、また一回り大きくなった。

明臣が言い終わらないうちに、金目になった鬼島がそれに応えた。


「面白い。望むところだ。赤鬼だか青鬼だか知らないが、どっちつかずのおまえがどれ程のものか見せてみろ」

「駄目だ。止めて」と言う桜井の手を振りほどき、鬼島が明臣に掴みかかっていった。



 明臣は鬼島を迎え撃って、そのままもつれ込んだ。

明臣の右手は鬼島の左手に、左手は右手を掴み、手四つとなりお互い攻撃の隙を伺っている。

しかし鬼島の方が一回り体が小さく、じりじりと体制が悪くなった。

ふいに鬼島が力を抜いて背中から落ちると、明臣はもんどり打った。

二人の体が離れると、鬼島の荒い呼吸が聞こえてきた。

心配そうに見ている桜井に、大地が小声で話しかける。


「おい、まずいぞ。鬼島が劣勢なのは明らかだ。どうする? 俺が助太刀するか?」

「……いや……。どうにも胸騒ぎがする。僕がとめる」


 そう言って桜井が両手の指を奇妙に動かし始めると、二人の動きが不自然になり鬼島は片膝を突いた。

明臣は、ふらつきながら一瞬何が起きているのか分かりかねないといった表情をし、すぐに桜井の仕業だと察すると、ニヤリとした。


「ああ、さすが皇だ。危うく気を失いかけたぞ。ははは、だがそこまでだ。私が変身したら、皇でも手を出せないからな。さあ、見てろよ」


 明臣は両手を下ろし手のひらを広げると、そっと両目を閉じて何やら呟いた。

すると、稲妻のような激しい光が発生して明臣を包み、透明感のある銀色に体が輝きだした。

部屋の空気はひんやりと冷たくなり、目を開けた明臣の瞳も銀色に輝いていた。


「大雅! あれ見ろよ! あの目!」

 大地がビックリした声で言う。

鬼島もショックで目を皿にしていた。


「うん、奇跡の人だ……。でも、どうして? 彼は何がしたい?」

 桜井が戸惑っていると、明臣が畳み掛ける。


「どうした。かかってこい。こないなら私から行くぞ。しっかり受け止めろよ。でないと大怪我するからな」

 身震いする咆哮をあげて突進してきた。


「大雅! 俺を解放しろ。この姿では対抗できない」


 大地が桜井を庇うように前に出ようとするのと、明臣のごつい拳が二人をめがけて空を切るのがほぼ同時だった。

間一髪のところで大地が体の正面で両腕を重ね防御できたものの、あまりの破壊力に二人は吹っ飛んだ。


「えらい、よく防いだな。ではもっと出力を上げるぞ。がんばれ」


 明臣は笑みを浮かべながら銀色の瞳で二人を見下ろし、さらに体を大きくした。

桜井が床に転がりながら指を動かすと、水の帯が現れて明臣を囲んだ。


「残念だが私には皇の力は効かない。どうする皇。さあ行くぞ。私を止めてみろ」


 仁王立ちする明臣の顔に水の帯が巻き付くが、明臣はそれにはかまわず桜井に突進した。

大地が明臣の後ろから抱きつくと、明臣は体をかわして鳩尾に拳を入れて、大地の顔を苦痛で歪ませた。


「大地!」

 心配して声をかける桜井に、明臣が水の帯を纏いながら言う。


「他人の心配をしている時じゃないぞ」


「…………いいだろう。おまえがその気なら僕も本気でいくぞ。鬼島さん。ショウマを連れて家に戻ってください。ああ、その花冠も一緒に」

 今でも、柔らかい光に照らされている女神像の頭に乗っている花輪を指差して桜井が言った。


「話し合いをするには、そうしないと駄目そうだから。ショウマ、エドガー先生には心配しないで待っているように言ってね。さあ、僕の世界にご招待するよ。いいね?」


 怒りの籠った目で明臣を睨むと、桜井は時空の扉を開け、大地と共に明臣を連れて行った。


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