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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第一章
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放課後にて

 暑さ真っ盛りの今日は、一学期の終了日である。

放課後三人は学校裏の高台に来ていた。


 自販機で購入した冷えたスポーツドリンクをゴクゴク飲みながら『ああ、暑くて嫌になる』と坂本は不機嫌そうに額の汗を、ワイシャツの裾で拭う。


「蝉がうるさいなあ。よけいに蒸し暑く感じるよ」

「ああ、これはアブラゼミだ。まったく暑さを増幅する鳴き声だな」

 ジー、ジジジジーと特徴のある騒がしい鳴き声を耳にして、五十嵐が手でパタパタと風を送る仕草をする。


「ところで、どんな感じ? エドガー先生との生活は」

「うん、まあ普通に過ごしているかな。朝は僕よりも早く出かけて、夜は遅く帰ってくるし、土、日も先生は出かける日が多いから、あまり苦でもないよ」

 桜井は木陰にあるベンチに座り、鞄から下敷きをだしてパタパタと仰いだ。


「院長から何か言ってきた?」

 五十嵐が心配そうな顔をすると、

「お母さんのお見舞いはどうするんだ?」

 坂本も空になったペットボトルをうなじに当てて、少しでも体を冷やそうとする。


「何も連絡がないのが、かえって怖い。明日、母に会いに病院に行こうと思う」

「え! 大丈夫? エドガー先生は何て?」

「いや、先生には言ってない」


 五十嵐と坂本が目を合わすが、

「院長の部屋には行かないから、大丈夫だよ。人の目もあるし」

 桜井は下敷きで扇いで、前髪を揺らしながら答えた。

その時小さく助けを求める声が、後ろから聞こえた。


「ああ、チャチャ待って、待ってちょうだい。誰か、お願い、捕まえて」

 振り向くと、中年の女性が子犬を捕まえようと走っている。

散歩の途中でリードを離してしまったようだ。


子犬は嬉しそうに飛び跳ねながら、真っ直ぐにこちらにやって来た。

坂本が素早く行く手を塞ぐと子犬は一瞬立ち止まり、そのすきをついて、五十嵐がリードを脚で踏んづけて止めた。


「ありがとう……助かったわ。ああ、しんどい」

 ゼイゼイしながらリードを受け取り、微笑みながら婦人が礼を述べた。


「そこの岩緑青高校の学生さん? 今日も暑いわね」

「はい。可愛いワンちゃんですね」

 五十嵐は、人懐っこく足にじゃれついているワンコの頭を撫でてやる。


「ええ、可愛いけれど、この通りやんちゃで」

 嬉しそうに「おすわり」と命令すると、子犬はちょこんと座り、つぶらな瞳でご主人を見上げた。


「ねえ、お願いがあるの。これであそこの自販機で紅茶を、そうね、私にはレモンティーを買ってきてもらえるかしら? みんなも好きなものを選んでちょうだい。お礼に奢るわ。私、疲れちゃって。ここで待ってていいかしら?」


 千円札を五十嵐に渡すと「ああ、疲れた」と言ってベンチに座った。

五十代の後半から六十代前半とみられる婦人は、被っていたつばの広い帽子を取り、ハンカチで汗を拭う。

可愛らしい感じの女性で、若いころはさぞ男性にもてたであろう。


 三人は自販機まで行き、それぞれ好きなボタンを押してドリンクを取り出した。

「まだこんなに暑い中散歩するなんて、物好きなおばさんだな」

 坂本が、早速冷えているペットボトルを首にくっつけて「ふう、気持ちいい」と目を瞑る。


「なんだか、不思議な感じがする」

 桜井が婦人に目をやりながら呟いた。


「え? 何が?」

 二人が同時に桜井を見る。


「五十嵐君は、何も感じない?」

 桜井が質問すると「何も感じない」と答えた。


「何? どうかした?」

「ううん、何でもない。僕の気のせいだよ」

 桜井は頭を振ってキャップを回し、ゴクゴクとドリンクを飲んだ。


 三人はのろのろと、扇子を取り出して涼んでいる婦人の所まで戻り、

「はい、どうぞ。僕たちも買わせていただきました。ありがとうございます」

 レモンティーとお釣りを渡すと「はい、ありがとう」と優しい笑顔で受け取った。


「クマのぬいぐるみの様ですね。何という犬種ですか?」

 五十嵐は犬が好きなようで、相手をしてやるとワンコも寝転がって撫でてと要求する。


「プードルよ。テディベアカットと言うの。ふふ、そのままの名前ね。……ああ、冷たくて美味しい」

 レモンティーをコクコクと飲んで一息つくと、婦人は「また会いましょう」と言い残して、リードを引いてワンコと共に立ち去った。


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