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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第四章
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ショウマの誘拐

レンゲとショウマのたっての希望で、かつてふたりが住み着いていた森に出かけることになった。

ふたりは嬉しさのあまりバタバタと羽ばたいて、あちらこちらに飛び回っている。


「少しも変わってないね、ショウマ」

 レンゲがはしゃぎながら嬉しそうに言うと、

「うん。みんなも元気そうだ。頑固なフクロウのお爺さんも、ほら、あそこで居眠りをしているよ」

 ショウマも辺りをキョロキョロして木陰に知り合いを見つけると、レンゲに指差して教えた。


「あまり遠くに行かないで」

 桜井がじゃれ合うふたりに、クスクス笑いながら注意する。

「大雅、俺も少し運動してきていい?」

 大地が体を動かしたくてうずうずしている。


「うん、いいよ。レンゲとショウマを見ていてくれる?」

「おっけい」

 言うなり、大地も嬉しそうに髪を逆立てて駆けて行った。


鬼島と日下部は目を丸くして、この慌ただしく動き回る連中を見守っていたが、桜井がそれに気が付いて苦笑した。

「騒がしくて、びっくりしたでしょう。レンゲとショウマは古巣に戻ってきたので、嬉しくて仕方ないんです。ところで……」


 桜井が鬼島の様子を探るように見つめてから、辺りを指差した。

「ここは、かつて沼でした。今では夏になるとレンゲショウマの花畑になって、とても可憐に咲き誇ります」

「レンゲショウマ?」

 日下部がやや湿った薄暗い林の中の、枯れた茎葉だらけの群生に目をやった。


「はい。レンゲとショウマは、その花の妖精です」

 桜井がまた鬼島を見つめると、それに気が付いて不機嫌そうに睨み返した。

「何だよ。おまえもレンゲって子にしても、人のことジロジロ見て、不愉快だ」


「あ、ごめんなさい。つい気になってしまって。鬼島さんはここに来て、何か体に変調はないですか?」

「はあ? お前らは俺の体の中に精霊がいるとか、訳の分らんことを言うが、俺は何も感じないね」

 鬼島は眉根を寄せて、ため息をついた。


「そうですか。やっぱり花輪を見つけ出さないと駄目なのかな」

 桜井が呟くように言い、枯れたレンゲショウマの茎葉に目をやった。


「ここは、この世に未練を残した青年が気の遠くなる年月、冷たい土の中で恋人を待ち続けていた場所です。心が通じ合う者たちが引き寄せられる場所なのだと、僕は思うのです」

 桜井が鬼島の腹部に目をやると、鬼島は何かから防御するように、体の前で腕を組んだ。

「変なことを言うなよ。俺は何も感じないし、何も知らないから」


 鬼島がやや狼狽えて答えるのを日下部は聞いていた。

鬼島と金剛丸の関係を、過去にさかのぼって考えてみると、鬼島が行くところに、金剛丸も追いかけてくることが多かった。

ふたりの接点は無いのに、金剛丸は何故か積年の恨みとばかりにしつこかった。

だけど赤鬼と青鬼でなければ、同じ鬼の種族だったならば、きっと親友になれたかもしれないと日下部は思った。


「皇は、これから何をするつもりなのですか?」

 日下部が遠慮がちに訊くと、桜井が小さく首を横に振る。


「皇として僕は動いていませんから、桜井と呼んでください……。僕は千桜結衣子さんと、彼女と契りを躱した精霊のために出来ることをするつもりです」

 桜井が遠い目をして、かつての沼地を見つめながら答えると、風にのって子供の泣き声が聞こえてきた。


はっと我に返り、桜井が鋭い視線を泣き声のする方に向けた。

「大地! どうした!」

 叫びながら、駆け足で飛び出す。


「うわーん。ショウマー。ショウマー」

 レンゲが激しく泣いている。


「ショウマがさらわれた」

 大地の声が遠くでした。


 桜井が泣き声にたどり着き目にしたのは、レンゲが地面にペタリと座り込んで、わんわん大泣きしている姿だった。


「レンゲ、何があった?」

 レンゲの尋常でない泣き方に、驚きながら訊くと、

「うわーん。ボクのせいでショウマが連れて行かれちゃったよー」

 興奮して羽をバタバタ動かして答えた。


「レンゲ、落ち着いて。ちゃんと話して。何があった? 誰がショウマをさらった?」

 桜井がレンゲの頭を撫でて覗き込むようにすると、苦しそうにヒクヒクしゃくりあげた。


「ショウマと……森の仲間に挨拶をしていたら、……急にそこの木陰から大きな男が現れて……、ボクを捕まえようとしたんだ……。ヒック……そうしたら、……ショウマがボクを引っ張り上げてくれて、ヒック……、だけど、その代わりショウマがつかまっちゃった……。うわーん!」


「うん、わかった。大丈夫だよ。僕たちでそいつを懲らしめてあげるからね。怖い思いさせてごめんね」

 桜井が申し訳なさそうに言うと、レンゲが健気に震える声をだした。


「ううん。怖いけど……、ヒック……、怖くないよ。キシャル様に言われてるもん……。皇のお手伝いをしなさいって」

 桜井は、涙にぬれている天使の頬を撫でて「ありがとう」と呟いた。


「大地はそいつを追いかけて行ったの?」

「うん」

「そうか……、レンゲ、落ち着いて思い出して。どんな男だった? 目は何色をしていたかわかる?」

 桜井が訊ねると、レンゲは濡れた瞳をクルクル動かした。


「もちろんわかるよ。髪の毛がモジャモジャしていて、真っ赤な目で睨んでた。すっごく怖い顔してたよ」

「うん。やっぱり赤鬼か。でも、なんで森の妖精をさらいに来た?」


 桜井が親指の爪をかじりながら、ブツブツ呟いていると、何が起きているのか皆目見当がつかない鬼島と日下部が近づいてきた。


「赤鬼部隊の連中か?」

 鬼島が身構えながら、辺りをキョロキョロ窺う。


「いいえ、金剛丸さんがそんな卑怯な真似をするとは思えない。たぶん、花輪を所有している者が関わっていると思う……。鬼島さんと金剛丸さん、そして僕の三人がそろったために、何かが動き出したのでしょう。……早急に花輪を見つけないと」


 レンゲが早くショウマを助けに行こうと、羽をばたつかせているのを見て、桜井が日下部に言った。

「レンゲの相手をしていてくれませんか?」

「ええ、私でよければ」

 日下部が答えると、レンゲがギョッとして鬼島を見て、怯えた声を出した。


「ボクは鬼といるのはいやだよ」

「日下部さんは鬼じゃないよ。地の民だよ。神来人なんだ」

 そう桜井が言うが、レンゲは疑い深そうに日下部を見た。

「本当? 皇の民なの?」


「そうだよ。優しい人だよ。怖くないよ。鬼島さんは僕と一緒に出掛けるから、鬼はいないよ」

 鬼島をチラッと見ながら桜井が答えると、レンゲはホッとした表情になったが、

「はあ! 日下部をひとりにさせられるわけないだろう」

 鬼島は苛立たしげに眉間に皺を寄せて、桜井とレンゲを見た。


「知り合いの天上人を呼んで助けてもらいます。彼は水の民で、とても頼りになるから安心してください」

 それを聞いて、鬼島に睨まれて緊張していたレンゲの顔が嬉しそうになった。


「エドガーだね。エドガーならいいよ。ボク、エドガー好き」

「うん。きっと、他の連中も来るよ。みんなもレンゲが大好きだからね。さ、帰ろう。急いでエドガー先生に来てもらい、僕たちは大地を追いかけなくては」


 桜井はこれからすべきことを順序だてて考えながら、家路を急いだ。


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