精霊の欠片
鬼島と日下部は、居間で興奮すると羽を広げてふわふわ浮かぶ、この愛らしい奇妙な生き物を目を細めて眺めている。
大地がレンゲとショウマを連れて戻ってきたとき、鬼島は天使が現れたと思った。
天使たちは地の民である日下部とすぐに打ち解けたが、鬼の血にびくついて、鬼島には近づこうとしなかった。
しかし半日ほど一緒にいると、天使のひとりレンゲが、不思議そうな顔で鬼島を見るようになった。
桜井がそれに気づいてショウマに訊ねる。
「レンゲには、鬼島さんがどう映るのかな」
「ああ、レンゲの目は独特で、命に寄り添っているものが見えるみたい」
淡い紫色の綺麗な瞳を輝かせて、ショウマが答えた。
「ショウマは見えないの?」
「ボクは見ることはできない。でも力を使えば、感じ取ることができる。やってみる」
ショウマが目を閉じて集中すると、体がほんのりと光りだし、澄んだ瞳を開けると、可愛らしく小首を傾げた。
「鬼島の体には精霊の欠片が宿っていて、それは自由になりたがっているみたい」
「自由に?」
桜井が呟くと、ショウマは頷いた。
「うん。森に帰りたいらしい」
「そうか。ありがとうショウマ。とても深い意味のあることだよ。うん、とても為になる」
ひとり納得している桜井にショウマが戸惑っていると、大地が割り込んできた。
「何を二人でコソコソ話してるのさ。俺にも教えろよ」
好奇心で大きくなっている大地の目を見て、桜井がニヤリとする。
「ショウマには、鬼島と精霊との関りがわかるらしい。大地の提案で、彼らに来てもらって良かったよ」
それを聞いて、ショウマが嬉しそうに顔をほころばした。
「皇の手助けになれたら、とてもうれしい。キシャル様からも、出来る限りお手伝いしなさいって言われてきた」
大地も一緒に、にこやかに微笑んでいると、そんな三人の様子を日下部がチラチラと気にしていたが、遠慮がちにやってきた。
「皇、お世話になりっぱなしで、何とお礼申し上げたらよいか……」
日下部は、ほとんど意識のない状態でこの屋敷にやってきたので、何が起こったのかわかっていない。
わかることは、皇から命の息吹を与えられ、鬼島とこうして無事にいられるということだ。
「あなたは地の民だ。だから気にしないで。神来人のために僕は存在するのだから。…………問題は彼、鬼島さんです」
桜井は鬼島に視線を送り、日下部を見る。
「問題……ですか?」
日下部が鬼島を見ながら、怪訝そうに訊き返すと、桜井は遠慮がちに言った。
「日下部さんは、義兄さんと連絡を取っていますか?」
「え! え!」
日下部の目は点になり、驚愕する。
「あの……、鬼島さんは何も言っていませんから、誤解しないように」
二人の絆に傷がつかないように、桜井が先に告げた。
「ああ、いえ。皇に隠し事なんて出来ませんよね……。義兄とは一度も連絡を取っていません」
日下部の顔に苦悶の表情が現れる。
「知宏さんに会いたいですか?」
懐かしい名前である知宏と聞いて、日下部は頬を濡らした。
「いいえ、いいえ。僕には会う資格はないです」
義兄のことを気にしていても会うことは出来ず、ずっと悩んでいたのだと思うと、桜井は胸が苦しくなった。
「知宏さんは元気にしていますよ。鬼島さんのことが片付いたら会いに行きましょう」
桜井が言う言葉を理解するのに、日下部は時間をかけなくてはならなかった。
『義兄さんに会える? まさか、そんなことができるわけない。……でも、皇は義兄さんに会った口ぶりだ。義兄さんは元気なのか……ああ、良かった』
心臓の鼓動を大きく感じながら、日下部は昔に思いを馳せて鬼島を見やった。
「問題とは、赤鬼とのいざこざのことですか? それは昔から永遠に続いていることです」
青鬼と長い年月を共にしてきた日下部は、赤鬼とのもめ事を、嫌というほど経験してきている。
「ええ、そのようですね。だけど、正確には鬼島さんと金剛丸さんとの二人の関係です」
「赤鬼部隊の隊長との関係?」
日下部は、怪訝そうに桜井を見た。
そのとき困り顔の鬼島が、にゅっと現れた。
「おい。あの天使みたいな可愛らしい生き物をどうにかしてくれ。距離を置くくせに、ずっと俺を見つめて来るんだ。歯がゆいったらない」
小さな声だが、困り果てている様子だった。
「ふふ……。では何故見つめるのか聞いてみましょう。レンゲ、ちょっとここに来て」
桜井がレンゲに呼びかけると、ふわふわと飛んできた。
「なあに?」
赤みのある藤紫の瞳を輝かせて無邪気に訊ねるレンゲは、鬼島が言うように本当に天使みたいだ。
「レンゲは、何故鬼島さんをそんなに見つめるの? 彼は恥ずかしいって言ってるよ」
「……だって、ボクは鬼を見るのは初めてだし、それに鬼島の体には、丹田に精霊が集まっているよ。だからとっても不思議」
桜井の質問に、レンゲは可愛らしく小首を傾げた。
「いったい何を言っているんだ」
鬼島は何を言われているのかわからず、わずかに眉根を寄せた。
少し休憩にしようと、桜井が皆を食卓のテーブルに座らせ、紅茶とケーキを用意した。
レンゲとショウマは「あ、このケーキ美味しいよね。また食べたいと思ってたんだ」と、嬉しそうに頬張る。
桜井が二人の食べっぷりに笑いながら、鬼島に訊いた。
「鬼島さんと金剛丸さんは、知り合いですか?」
「知り合いであるものか。あいつが勝手に俺を目の敵にしているだけだ」
苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。
日下部が苦笑しながら、鬼島の問題とやらをあれこれ思いめぐらしてみたものの、いろいろ頭をよぎるが、どれも違うと感じた。
これから桜井がどんなことを言い出すのだろうと、ドギマギしながら聞き耳を立てた。




