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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第四章
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精霊の欠片

 鬼島と日下部は、居間で興奮すると羽を広げてふわふわ浮かぶ、この愛らしい奇妙な生き物を目を細めて眺めている。 


 大地がレンゲとショウマを連れて戻ってきたとき、鬼島は天使が現れたと思った。

天使たちは地の民である日下部とすぐに打ち解けたが、鬼の血にびくついて、鬼島には近づこうとしなかった。

しかし半日ほど一緒にいると、天使のひとりレンゲが、不思議そうな顔で鬼島を見るようになった。

桜井がそれに気づいてショウマに訊ねる。


「レンゲには、鬼島さんがどう映るのかな」

「ああ、レンゲの目は独特で、命に寄り添っているものが見えるみたい」


 淡い紫色の綺麗な瞳を輝かせて、ショウマが答えた。


「ショウマは見えないの?」

「ボクは見ることはできない。でも力を使えば、感じ取ることができる。やってみる」


 ショウマが目を閉じて集中すると、体がほんのりと光りだし、澄んだ瞳を開けると、可愛らしく小首を傾げた。


「鬼島の体には精霊の欠片が宿っていて、それは自由になりたがっているみたい」

「自由に?」

 桜井が呟くと、ショウマは頷いた。

「うん。森に帰りたいらしい」

「そうか。ありがとうショウマ。とても深い意味のあることだよ。うん、とても為になる」


 ひとり納得している桜井にショウマが戸惑っていると、大地が割り込んできた。


「何を二人でコソコソ話してるのさ。俺にも教えろよ」

 好奇心で大きくなっている大地の目を見て、桜井がニヤリとする。


「ショウマには、鬼島と精霊との関りがわかるらしい。大地の提案で、彼らに来てもらって良かったよ」

 それを聞いて、ショウマが嬉しそうに顔をほころばした。

「皇の手助けになれたら、とてもうれしい。キシャル様からも、出来る限りお手伝いしなさいって言われてきた」


 大地も一緒に、にこやかに微笑んでいると、そんな三人の様子を日下部がチラチラと気にしていたが、遠慮がちにやってきた。


「皇、お世話になりっぱなしで、何とお礼申し上げたらよいか……」


 日下部は、ほとんど意識のない状態でこの屋敷にやってきたので、何が起こったのかわかっていない。

わかることは、皇から命の息吹を与えられ、鬼島とこうして無事にいられるということだ。


「あなたは地の民だ。だから気にしないで。神来人のために僕は存在するのだから。…………問題は彼、鬼島さんです」

 桜井は鬼島に視線を送り、日下部を見る。


「問題……ですか?」

 日下部が鬼島を見ながら、怪訝そうに訊き返すと、桜井は遠慮がちに言った。


「日下部さんは、義兄さんと連絡を取っていますか?」

「え! え!」

 日下部の目は点になり、驚愕する。


「あの……、鬼島さんは何も言っていませんから、誤解しないように」

 二人の絆に傷がつかないように、桜井が先に告げた。


「ああ、いえ。皇に隠し事なんて出来ませんよね……。義兄とは一度も連絡を取っていません」

 日下部の顔に苦悶の表情が現れる。


「知宏さんに会いたいですか?」

 懐かしい名前である知宏と聞いて、日下部は頬を濡らした。

「いいえ、いいえ。僕には会う資格はないです」


 義兄のことを気にしていても会うことは出来ず、ずっと悩んでいたのだと思うと、桜井は胸が苦しくなった。


「知宏さんは元気にしていますよ。鬼島さんのことが片付いたら会いに行きましょう」


 桜井が言う言葉を理解するのに、日下部は時間をかけなくてはならなかった。

『義兄さんに会える? まさか、そんなことができるわけない。……でも、皇は義兄さんに会った口ぶりだ。義兄さんは元気なのか……ああ、良かった』


 心臓の鼓動を大きく感じながら、日下部は昔に思いを馳せて鬼島を見やった。


「問題とは、赤鬼とのいざこざのことですか? それは昔から永遠に続いていることです」

 青鬼と長い年月を共にしてきた日下部は、赤鬼とのもめ事を、嫌というほど経験してきている。


「ええ、そのようですね。だけど、正確には鬼島さんと金剛丸さんとの二人の関係です」

「赤鬼部隊の隊長との関係?」

 日下部は、怪訝そうに桜井を見た。

そのとき困り顔の鬼島が、にゅっと現れた。


「おい。あの天使みたいな可愛らしい生き物をどうにかしてくれ。距離を置くくせに、ずっと俺を見つめて来るんだ。歯がゆいったらない」

 小さな声だが、困り果てている様子だった。


「ふふ……。では何故見つめるのか聞いてみましょう。レンゲ、ちょっとここに来て」

 桜井がレンゲに呼びかけると、ふわふわと飛んできた。


「なあに?」


 赤みのある藤紫の瞳を輝かせて無邪気に訊ねるレンゲは、鬼島が言うように本当に天使みたいだ。

「レンゲは、何故鬼島さんをそんなに見つめるの? 彼は恥ずかしいって言ってるよ」


「……だって、ボクは鬼を見るのは初めてだし、それに鬼島の体には、丹田に精霊が集まっているよ。だからとっても不思議」

 桜井の質問に、レンゲは可愛らしく小首を傾げた。


「いったい何を言っているんだ」

 鬼島は何を言われているのかわからず、わずかに眉根を寄せた。


 少し休憩にしようと、桜井が皆を食卓のテーブルに座らせ、紅茶とケーキを用意した。

レンゲとショウマは「あ、このケーキ美味しいよね。また食べたいと思ってたんだ」と、嬉しそうに頬張る。

桜井が二人の食べっぷりに笑いながら、鬼島に訊いた。


「鬼島さんと金剛丸さんは、知り合いですか?」

「知り合いであるものか。あいつが勝手に俺を目の敵にしているだけだ」

 苦虫を嚙み潰したような顔で答えた。


 日下部が苦笑しながら、鬼島の問題とやらをあれこれ思いめぐらしてみたものの、いろいろ頭をよぎるが、どれも違うと感じた。

これから桜井がどんなことを言い出すのだろうと、ドギマギしながら聞き耳を立てた。


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