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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第四章
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精霊の嘆きは静かに果てしなく

 大地と小池の待つ邸宅に戻る道すがら、桜井は綾乃に訊ねた。


「結衣さんが亡くなったせいで、虎杖君と暁君の間にわだかまりが生まれたのは分かりますが、時を超えて、今なおその悲しみや怒りが続いているという事ですか? でも色々な感情はやがて昇華すると僕は思います。これまで様々な時代の中で、たくさんの種族の人々を観察してきた綾乃さんは、どう考えますか? なぜ鬼島と金剛丸の二人に受け継がれてしまうのですか?」


 桜井は自分の生い立ちの中で、かつて激しい憎しみを爆発させた過去を思い出しながら、それでも今は、冷静に北村院長らと対話できることを考えていた。


「精霊の感情が、二人に影響を与えているのかもしれないね」

「精霊?」


「結衣子の能力は、精霊の力を使えることだよ。精霊と心が通じ合うと、結衣子はその精霊と同じ力を得ることができた。……きみの能力と似ていると思わないか? きみは天上人の力をコピーして自分のものにするけれど、結衣子の場合は精霊の力なわけだ。でもその力が、結衣子の生命力を吸い上げる結果になってしまった」


 綾乃は慈悲深い眼差しで桜井を見つめた。


「精霊たちは結衣子を失って、嘆き悲しんだことだろう。彼らには時間という概念がない。だから今でも悲しんでいるのだと思う」

「僕はどうすれば?」

 桜井は困惑して、綾乃に助けを求める眼差しを向ける。


「皇は誰に対しても、常に公平でいなければいけない。特定の種族に肩入れしてはならない。それは分かっているよね?」

 綾乃は澄まし顔で言い、人差し指を立てた。


「ひとつ助言してあげる。結衣子の作った花冠を捜しなさい。それには結衣子の最後の願いがこもっている。それを精霊に渡してあげなさい」

「花冠を? 今でも残っていると?」


 桜井は怪訝そうに眉をひそめて言うが、綾乃は当然でしょ、というように首を縦に振った。


「わたしが口を出せるのはここまでだわ」

 綾乃は大儀そうに、ふうとため息をついた。


「最近の時空の歪みの出現率は、とても高くてね。本当に嫌になってしまう。仕事が溜まっているから、わたしは帰ったらすぐに出かけなければならない。行く先々で皇と鬼族の関係を訊かれるから、わたしはこう言うつもり。皇は赤鬼の味方ではないし、敵でもない。さらに青鬼の味方でもないし、敵でもないと。いいわね?」


 綾乃は値踏みするように、目を細めて桜井を見つめた。


「……もちろんです」

 桜井は、すでにこれからしなければならない行動に没頭しだしたようで、宙に浮いた目で答えた。


 綾乃は自宅に戻ると、暫く戻れないかもしれないと言い残して、小池を連れて早速時空の歪みの修復に出かけてしまった。



 何か言いたそうな小池が綾乃と共にいなくなってから、好奇心でワクワクしている大地が口を開いた。

「それで? 何がわかった? ああ! 俺も行きたかったなあ」

 桜井が目にしたことをかいつまんで話しているあいだ、大地は目を輝かせて聞いていた。


「へえ、シロツメクサの花冠と精霊か。面白そう」

「大地、面白がっている場合じゃないよ」

 桜井が咎める目つきをすると、大地がまあまあと軽くあしらう。


「ずっと留守番していて退屈だったんだよ。あのさ、精霊が関わっているのだったら、レンゲとショウマに手伝ってもらったらどうかな?」

「え! レンゲとショウマに?」

「うん、あの二人ならば精霊と接触しやすいだろう。それに彼らは森の妖精だ。花冠も見つけられるかもしれないよ」


 大地は自分が言い出した提案を、ご満悦の様子でうんうんと頷いている。

桜井は少し考えてから言った。


「そうだね、それは一理あるかな……。村長に連絡を入れておくから、これから大地が迎えに行ってくれる?」

「もちろんだよ。彼らと会うのは楽しみだ」

「山本さんと金剛丸さんは、家の周りをうろついてない?」

 桜井が窓外に目を向けると、大地が思いついたように言った。


「ああ、ごめん。忘れるところだったよ。山本さんが森林公園に潜んで我が家を見張っているから、そのつもりで」

「そっか。赤鬼部隊でないところは一応、彼らも気を遣っているという事かな……。山本さんひとりで?」

「うん。彼ならまあ、見つかっても問題にならないからね」

「わかった。僕はこれから山本さんに会って、シロツメクサの花冠の言い伝えを知らないか訊いてみるよ」


 大地は、よほど家に居ることに飽き飽きしていたらしく「山本さんによろしく」と言って、椅子から立ち上がると、早速出かける準備に取りかかった。


 森林公園入口で大地を送り出してから、桜井は公園内から我が家が見える場所の見当を付けて歩いて行った。

公園内の奥の方にある小山がそれだ。

緩やかな上り坂から下り坂になると我が家の玄関とリビングの一部が見えだす。


 大樹に育った樫の根元に寄りかかっている人影を見つけると、桜井にちょっとした悪戯心が生まれた。

足音を忍ばせて、その人影にそっと近づく。

後ろから『わっ!』と驚かそうとしたが、桜井の動作がぴたっと止まり呆気にとられた表情に変わった。


 木漏れ日の中、気持ちよさそうにうたた寝している山本を、笑いをこらえながら見つめた。

思わず桜井も隣に座って、日の光を体に受けた。


 気配に気づいて山本が目を覚ますと、隣で桜井が自分を見つめている。

山本は吃驚仰天して「うお!」と言ったきり言葉が出なかった。


「監視そっちのけで、寝ていて良いのですか?」

 桜井は、ふふっと微笑して小首を傾げた。


「え! あ! いや、これは違う。いや、そうじゃなくて、いやいや、ああ!」

 酷く動揺して、意味不明なことを口走る。


「気持ち良さそうに寝ていましたけど、疲れているのでは? ここにいても時間の無駄ですから、帰ったほうがいいですよ」

 山本は気を落ち着かせようと、深呼吸した。


「ああ、そのようだ。覗き見のようなことをして悪かった」

 後ろめたさに頭をボリボリかいて謝った。

「気にしないでください。問題ないです。それよりも、一つ訊ねたいことがあるのですが……」

 そう言うと、桜井は人差し指を立てた。


「何だい?」

 非難めいたことを言われると覚悟していたので、山本は心底ほっとした。


「枯れない花冠って聞いたことありますか? たとえばシロツメクサの花輪とか」

「どこからその話を? 鬼島か?」


 眉根を上げ、目が大きくなるが、

「違いますよ! 鬼島さんのことは、今は忘れてください」

 桜井にピシッと言われると、やましさから目を閉じた。


「どこで聞いたのか知らないが……、枯れない花冠があり、それが枯れない限り赤鬼の世界は安泰だと言われている」

「それは誰が所有して、どこにありますか?」

「え? そういう昔話があるってだけで、実際にあるかどうか怪しいものだ」

 山本があきれ気味に答えた。


「……今の赤鬼の統治者って誰? 侯爵って今でもいるの?」

 桜井の質問に、山本は不思議そうな顔をする。


「金剛丸侯爵だった子孫が、実質の統治者になっている。だけど爵位そのものは、ずいぶん昔に廃止になっているけどね」

「金剛丸隊長の本家ということですね」

 桜井は、納得するようにうなずいた。


「……、桜井は何を調べているんだ? 何を知っている?」

 山本は眉間に皺を寄せて、不満そうに口を尖らせた。


「その花冠は、赤鬼だけのものではないし、ましてや統治者のものでもない」

 桜井は暫く黙って考えていたが、徐に口を開いた。


「山本さんの協力が必要になるかもしれない。だから僕が見てきたことを話します。それで判断してください」


 桜井は金剛丸隊長と鬼島の遠い祖先の関係性、そして結衣子という皇の娘のおかげで、今の鬼の社会が成り立っていることを話しだした。

聞いていた山本は、驚きながらも桜井が言うのであれば事実なのだろうと受け止めた。


「あと、鬼島さんのお尋ね者の件ですけど、改めて調べ直すように隊長に言ってもらえませんか? どうも、裏がありそうで、真実が隠されているように感じます」

「…………、わかった。折を見て伝えるよ」


 山本はため息交じりに『それはまた、厄介なことを俺に頼むなあ……』と思いつつ答えた。

「では、帰りましょう。僕もこれから忙しくなりそうです」


 桜井は満足そうな顔で立ち上がり、我が家を一瞥してから踵を返した。


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