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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第四章
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前夜(一)

 花冠は、暁の部屋にある。

校外学習から帰ってきてから、部屋ドアの上枠の壁に釘を打ち付け、そこに花輪をかけた。

部屋を出るたびにそれを目にするとき、陽光の中で微笑んでいる結衣子を思い出して、胸がきゅんと疼くのである。


 毎朝目が覚めてまず目につくのが花輪であるが、日ごとに茶色く色あせていくのが残念でならなかった。

その視線の先からメイドの声がした。


「おはようございます、坊ちゃま。旦那様がお呼びですので、お着替えが済みましたら食堂ではなく書斎にお越しください」

「食事前に?」


 珍しいなと訝しがったが、メイドの返事は変らなかった。

何だろうと思いめぐらしても、答えは出ないが、ここ最近、暁が気になっていることと関係があると思われた。


 書斎へは、父から呼ばれない限り行くことはない。

前に呼ばれたのはいつの頃だったのか、記憶があいまいになるほど時間が経っていた。


 書斎に行くと見知らぬ男性二人がいたが、身なりと体格の良さから歩兵部隊の隊員と見受けられた。

隊員は訓練により、己の意思で自由に緋色の瞳に変化することができた。

それは赤鬼の力を自由に使えるという事だ。


 要人の警護も仕事のひとつで、たぶん父を警護する人たちなのだろうと思ったが、父はその二人を両脇に従えて、ソファーに座ったまま部屋に入ってきた暁に顔を向けた。

顔色が悪く、少しやつれて見えた。


「おはようございます、お父さん。寝てないのですか? 体調が悪そうに見えます」

 随分と老けた感じがして、暁は少々戸惑った。


「いや、何ともない。訊きたいことがあってね。お前の学校に、王の息子がいるらしいと聞いたのだが、知っているか?」

「はい。鬼島虎杖君です。彼がどうかしましたか?」


「ああ、王の血を引く者を知っていて損はないからね。それにしても珍しいことだ。王の血族は、みな王立の学校に行くものだと思っていた」

「……彼は王の息子の中では末子であるから、後継者としては一番遠い存在ですから」


「それでも、王の血を引く者だ。万全を期したい。今日は彼らを学校まで連れて行って、その虎杖君とやらの顔を教えてやってくれ。彼らは間部(まなべ)久遠(くおん)だ」


 顎髭が野性味をより強調しているのが間部で、久遠は筋肉の付き方が美しく、バランスの良い体をしていた。

父の何か引っかかる物言いが、暁を不安にさせ黙っていると、


「さ、早く朝食を摂って、身支度を整えなさい。行く用意ができたら、この者たちに声をかけて一緒に出かけなさい」


 そう言って、手でもう行くように合図をすると、男がドアを開けた。

暁は心臓がドキドキしだして、これから何か悪いことが起こる予感がした。

しかし、父の命令は絶対だ。

この厳つい男たちと学校に行かねばならなかった。



 校門の脇で立つ二人の大男は、当然目立つ。

人々の視線を浴びながら、暁は恥ずかしさで顔を上げられないでいる。

間部はそんな暁をチラリと見て、片眉を上げて言った。


「暁君。ちゃんと見ていないと、虎杖君が通り過ぎても見逃してしまうよ。ほら、顔を上げて」

 声も大きいので、暁は益々身が縮む思いで、体を固くした。

その時、柔らかい声が暁の耳に届いた。


「おはよう、暁君。そんなところで何をしているの?」

 結衣子が、暁を見かけて不思議そうな顔をしていた。


「おはよう、結衣ちゃん。虎杖君を待っているんだ」

 言いづらそうに暁が答えると、結衣子が近づいてきて臆することなく訊いた。


「暁君、この人たちは、知り合い? なんでこんな所で待ってるの? 教室で待てばいいのに」

 暁が口を開く前に、間部が割って入った。


「いいから、嬢ちゃんは早く行きなさい。邪魔だよ」

「邪魔なんてしてないわ……。あ、虎杖君だ」


 ぷうっと頬を膨らませて口を尖らせたが、そのとき十字路から現れた虎杖に気が付いて手を振った。

虎杖も結衣子に気が付いたらしく手を上げたと思ったとたんに、その動作を止めた。


 じっと彼らを凝視してから、何を思ったか、踵を返して駆け出した。

結衣子も暁も、虎杖のとった行動に「あっ」と、口を開けてポカンとしていた。


「おい、逃げたぞ。捕まえろ!」

 間部が素早く反応して叫ぶと、久遠がしなやかに駆け出して行った。


「待って! なんで追いかけるの? なにするの!」

 ただならぬ気配を感じて、暁の不安は膨れ上がった。


「暁君の用事はもう済んだから、君は学校に行きなさい」


 間部はそう言い残して、久遠の後を追った。

結衣子は青ざめている暁を見て、大きな恐怖に襲われ体が震えだした。


「暁君、何があったの? わたし怖い」

「ごめん、結衣ちゃん。……、僕も何が何だかわからない」


 ふたりとも泣きそうな顔で、虎杖が消えた十字路を見つめた。

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