謎のパーティー
院長の自宅では、恒例のパーティーが開かれていた。
地下一階の休憩室に客人が若干名集まり、おのおの好きな場所で好きなドリンクを飲みながら、陽気におしゃべりをしている。
「我々一族にも、ようやく日の目を見ることが出来ますな。ああ、めでたいことだ。ところで、今日は、彼はいないのかね?」
でっぷりとした初老の男性が、隣の研究室を残念そうに見ている。
「ええ、せっかく来ていただいたのに申し訳ありません。でも目覚めはもうすぐです。皇を手に入れたらすぐに連絡します」
若い男性が答えると、初老の男性は満足そうに頷いた。
「あなたは力を得たのでしょう? 披露してくださらない?」
中年の女性が話に加わると、周りの者も「見たい。見たい」と集まってきた。
「だめですよ。この部屋が無茶苦茶になってしまいます」
「佐野さんだけ、ずるいわ」
と先ほどの女性が軽く文句を言う。
「ここの病院で働いていましたからね。たまたまです」
外科医である若い男性は佐野悠人といい、北村颯真院長の親戚にあたる。
大雅の父が救急車で運ばれてきた時に、救急外来で対応したのが彼だった。
昏睡状態で運ばれてきた大雅の父は、一度も意識が戻ることは無かった。
彼が心肺停止に陥った時に、病院全体がオーロラに包まれた。
それは青緑のドレープに赤色の縁取りが施された、この世のものとは思えないほどの美しさであった。
オーロラの光は佐野医師と北村院長に降りそそぎ、彼らの祖先が細々と紡いできた隠れた力を目覚めさせた。
しかし大雅の父の瞳孔が散大し死亡が告げられると、美しいオーロラも消滅してしまった。
そのオーロラの光を全身に浴びて、恩恵にあずかることが出来たのは、そこにいた佐野と北村だけであった。
「佐野君は運が良い。私たちもそのオーロラを見たかったですよ」
初老の男性が羨ましそうに佐野を見つめると「本当に、そうね」と中年の女性が相槌を打つ。
「ところで北村君はどうしたのかな? 見かけないのだが」
「ええ、院長は所用で出かけています。申し訳ありません」
佐野が謝ると、
「ああ、もしかすると、大雅君が今日ここにいないのと関係があるのかな?」
「どうでしょう。次回のパーティーまでのお楽しみということで、ご勘弁ください」
怪訝そうに話す初老の男性に、佐野がすまし顔でやり過ごした。
今日は院長と約束をした面談の日であるが、桜井はエドガーに言われたように、無断でキャンセルをした。
院長に逆らったのは初めてのことで、これからどんなことが起こるのか、不安にさいなまれている。
「大雅君、元気がないね。どうしたの?」
リビングのソファーに深々と腰を落とし、雑誌に手をやり大雅の心配事などどこ吹く風と、飄々としているエドガーが、隣に腰かけている大雅に声をかけると、大雅は面談に行かなかったことを後悔しだした。
「先生、僕は病院に行かなければ母に会えません。今日行かなかったから、母に会うために、今度はいつ行ったらいいのでしょうか?」
「それなんだけど、お母さんは転院出来ないかな?」
エドガーが思案顔で大雅を見る。
彫の深い整った顔が真顔になると、大雅の心臓がトクンと震えた。
「それはどういうことですか?」
「お母さんが院長の元にいるのは……キミにとって良くないと思う」
「それは……院長には、これまで大変世話になっています。だから……」
「院長はお母さんを人質にとって、キミをがんじがらめにしているんだよ」
「何のためにですか? 僕は自分が皇だなんて認めない」
エドガーは、大雅が華奢な見た目と異なり、意外と頑固そうだなと感じた。
エドガーの家に来てから遠慮した生活を強いられているが、言うべきことは言う大雅を好ましく思っている。
周りに配慮する気配りを持っているけれど、自我も強く持っている。
「キミが認めようと認めまいと、それは関係ないよ。皇になるのは誰が決めるのではなく、運命で決まっているのだから。ご先祖様の血が決めるんだよ」
エドガーは意味深な眼差しで大雅を見つめた。
「キミは皇を嫌悪しているけれど、それは間違って植え付けられたイメージのせいだよ。皇はとても思慮深く、思いやりのある方だから、できれば実際に会って話し合って欲しかったよ」
「もし僕が皇だとしても、先生、僕は思慮深い人間ではないです。だから皇の器ではないです」
「アハハ、当り前じゃないか。キミは幾つだい? 思慮深い子供なんて、そうはいないよ。キミは、院長が差し出した籠の中で生活してきたから、世間というものを知らない。彼らは赤子のようなキミを、そのまま取り込むつもりなんだよ」
「彼ら?」
いったい先生は何を知っているのだろうと、大雅は見つめ返す。
「まあ、そのうちわかるよ……さあ、お茶の時間にしようか。今日は和菓子を用意したよ。ボクは、この芸術的な日本のお菓子に夢中さ。緑茶を入れて、美味しく頂こうよ」
そう言って立ち上がり、エドガーはキッチンに消えた。