再生(一)
知宏を訪ねてから、一ヶ月が経とうとしていた。
久しぶりに谷口が鬼島を校内で見かけて、いつもの調子で声をかけてきた。
「おーい、鬼島くーん、ここだよ。こっち、こっち」
「おう、谷口か。相変わらず陽気だな」
目を細めて、物珍しそうに見る。
鬼島の周りには、いないタイプである。
「同じ人生ならば、明るく生きたいじゃないか」
フンフフンとリズムを取って、ニコッと笑う。
「あれから酒井君は、毎日学校に来ているらしいよ。きみの脅しが効いているんだねえ。怖いものだから、酒井君に難癖を付ける輩は、いないみたい」
鬼島が一組で拳をふるった一件で、奴を怒らせるとヤバイと、酒井にちょっかいを出す者はいなくなったそうだ。
「鬼島君を危険人物にしたのは、僕の言葉が原因かも……、だとしたら、ごめんね」
本当に悪いとは思っていなさそうな言い方だ。
「いや、谷口が止めに入ってなかったら、俺はきっとあいつをぶちのめしていたよ。おかげで騒ぎにならなかった。助かったよ」
「鬼島君が言うと、その顔と体格だから怖いよ」
冗談とも本気ともつかない顔をして、ニヤリとした。
「……、谷口は意外と良い奴だな」
「意外は余計だぞ。ははは」
鬼島が神妙な面持ちで言うので、谷口は照れて頭を掻いた。
「ああ、そうだな。谷口は、以前から友達思いで良い奴だ。このまま変わらないでくれよ」
「急にどうした?」
「いや別に。今まで世話になったなって、改めて思っただけさ。ありがと」
「…………」
じゃあな、と手を振る鬼島に振り返そうとしたが、谷口は途中で手を止め、戸惑いながら後姿を見つめていた。
知宏から、静子が昏睡状態だと聞かされていた鬼島は、いよいよその時が間近に迫ってきたことを感じていた。
静子が亡くなったと知らされて、酒井は正気を保てるのだろうか?
知宏から死ぬつもりだろと言われた時の、あの酒井の表情を思い出すと、ふと不安になる。
知宏と鬼島の計画を、酒井には伝えていない。
なぜなら酒井は素直すぎるから、父親が何か感づいてしまう可能性があるからだ。
そんな危険を冒すわけにはいかない。
失敗は絶対に許されないのだ。
鬼島は、校門で振り返り、しみじみと校舎を見た。
『学生生活もあと数日で終わりだな。本来なら、卒業までは好き勝手にしていられたはずだが、仕方ない。それと引き換えに、酒井に新しい人生を与えられるのならば、あんな変態おやじの毒牙から、逃がせてあげられるのならば、俺は本望だ。こっちの世界で人殺しでも何でもなってやる。構やしない』
校舎に背を向けて、鬼島の本家と話した内容を、反芻しながら歩き出した。
鬼島は、世が世ならば鬼族の王子である。
赤鬼と青鬼が仲違いする以前は、鬼島一族が頂点に立つ王族であった。
ところが一部の赤鬼の貴族階級がクーデターを起こしたのがきっかけで、赤鬼と青鬼は二分して争うことになる。
諍いは長い年月絶えず、とうとう赤鬼と青鬼は、それぞれ別の国家をつくった。
その際、青鬼族は王族制度を廃止し、今に至っている。
しかし、鬼島一族が実質的に青鬼を統治しているのは、何ら変っていない。
ところが、ここにきて本家に跡取りが生まれないために、分家の鬼島に白羽の矢が立ってしまった。
鬼島は嫌がって抵抗したが、本家の命令は絶対である。
それでも話し合いの結果、十八歳までは好きにしてよいとなったわけだ。
高校卒業を迎えると、統治者としての教育が始まるため、今いる世界とは決別して別の世界で生きることになる。
知宏はそこまで調べ上げて、酒井柊をこの世界で殺し、青鬼族の世界で生き返らせて、新しい人生を与えて欲しいと言うのだった。
家出じゃ駄目なのかと訊いてみたが、変態おやじが執念深く、探し出すまで絶対に諦めないだろう。
君たちは、安心して暮らせなくなるよと言う。
酒井を救えるのならば、俺は殺人者になっても構わない。
本家とは話がつき、酒井を鬼島の秘書として迎えることに承諾してくれた。
前倒しで統治者教育ができると、かえって喜んでいたほどだ。
だから、何の問題はない。
知宏の緻密な計画に乗ることにした。
それから間もなくして、静子は静かに息を引き取ったが、鬼島の心配をよそに存外、酒井は平静を装っているそうだ。
しかし、知宏はかえってそれが気になると言った。
柊はもう死ぬ日を決めたのかもしれない、とそんな恐ろしいことを口にした。
「もう、悠長なことはしていられない。二、三日中に連絡を入れるからそのつもりで。その日が決行日だ。いいね?」
知宏は、強い眼差しで鬼島に確認する。
「ああ、分かった。大丈夫だ。だけど、酒井は今何をしているんだ? 物音一つしないけれど」
静子の告別式を、身内だけでひっそりと執り行った後、鬼島は知宏に呼ばれた。
酒井の部屋は静まりかえっていて、誰もいないように思える。
「親父と出かけている。あいつも柊が、何をしでかすか見当もつかずに困惑してそうだ。だからいつも目の届くところに、柊を置いときたいんだろうよ」
そう忌々しそうに吐き捨てた。




