表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第三章
75/93

壊れる(二)

 翌日登校すると谷口が待っていて、酒井が来ていると報告した。

さっそく一組を覗きに行くと、窓際の一番後ろの席に酒井は座っていたが、その周りに男子生徒三人がたむろしていた。


 その中の乱杭歯が目立つ少年が、何か酒井に一言二言言ってヘラヘラ薄ら笑いをしている。

酒井は特に気に留めることなく、校庭を眺めて相手にしないと、こっちを向けよと言って、酒井の肩に手を置いた。


 彼は傍から見ても分かるほどビクッと震えて、その手をはたき落とした。


「痛! 何するんだよ。ふん、触られるのなんて慣れてるだろうに、大げさだな」

 口を曲げて含み笑いをすると、余計に乱れた歯が強調された。


「おい! それはどういう意味だよ」


 背後から急に声をかけられ振り向くと、そこに不愉快そうに鋭い目つきで自分を睨んでいる、厳つい体つきの生徒がいて、乱杭歯の少年は目を見開いて驚いた。


「誰だよ、おまえ。勝手に割り込むんじゃねえよ。人のクラスに勝手に入ってくるな!」

 少年が仲間の二人を見ながら唇を突き出して言うと、そのうちの一人が小声でそっと教えた。


「三組の鬼島だよ。奴とは関わらないほうが良い。行こう」

 仲間の二人は乱杭歯の少年を、まあまあと宥めながら廊下に連れ出そうとしたが、その際、彼は一言多かった。


「さかい~、ホテルでおっさんが待ってるんじゃないのか。行かなくていいのかよ…………、ぐえ!」


 言い終わるのと同時に、鬼島の拳が容赦なく乱杭歯の少年に飛ぶと、彼は鳩尾辺りを抑えて前のめりのまま膝をついた。

苦悶の表情で声も出せないでいると、鬼島は襟元を鷲づかみにして立たせた。


「あ? 何だって? もう一度言ってみな!」


 少年は体を持ち上げられ、つま先立ちで喘ぎながら助けを求めるが、一緒にいた二人は既に廊下に逃げて、恐る恐る覗いている。


「は、離して……、苦しい……」


 ヒーヒー言いながらジタバタするが、鬼島は締め上げる腕を緩めない。

他の生徒は遠巻きにチラチラ見ているが、誰ひとり動こうとするものはいなかった。


 そのとき谷口が遅れて教室に現れるや否や、この現状に驚くと同時に鬼島に飛び掛かった。


「何をやってるの。鬼島君、暴力は駄目だよ。ほら! 早く離して!」

 鬼島と乱杭歯の少年の間に入って、襟元を締め上げている彼の両手を握り、二人を引き離した。


「……まったく! きみは口よりも先に手が出るんだから」


 徐に乱杭歯の少年に視線を移して、耳元で囁く。

「あのさ、この人、危ない奴だからこれ以上関わらないほうが良いよ」


 少年は小声で『ああ』と返事をしてから、脱兎のごとく仲間の待つ廊下に逃げて行った。

 静まりかえった教室で、クラス中の視線を浴びながら、谷口が穏やかに言い放つ。


「騒がせてごめんね。でも、もう大丈夫だからさ、気にしないでよ。僕らも出て行くし、さ、行こうか」

 鬼島と酒井に向かって、早くと急き立てた。


 校庭の片隅まで、酒井は大人しくついてきた。

ただし、鞄を持って教室を出てきたのが気になったが。

鬼島はそんな酒井を、信じられない思いで見つめている。


『屈託のない、あの無邪気な笑顔でクラスの人気者だった藤井が、今、目の前にいる人物と同じだと言うのか? たった一年半でこんなにも変われるものなのか?』


 鬼島は我が目を疑った。


 目の前の酒井は、血の気が失せた病人のような顔色で、頬に影ができるほどこけている。

ぼんやりと前方を見つめる目は、生気のない死んだ目をしていた。


『藤井から酒井になり、いったい彼の身に何が降りかかったのだろうか?』

 鬼島は、今日まで彼を放っておいたことを悔やんだ。


「酒井……。なんで同じ中学に通っていることを教えないんだよ。俺は谷口に聞くまで、まったく気が付かなかった。……それに学校を休んで、どこで何をしているんだ? 学校には行ってることになってるんだろう? 義理の兄さんが言ってたぞ」


 酒井の顔色を伺いながら、鬼島が恐る恐る訊くが、聞こえているのかいなのか、酒井は濁った眼で一点を見つめたまま、だんまりを決め込んでいる。


「おい……、何とか言えよ」

 イラつく鬼島に、谷口が手で制する。

「久しぶりに会ったんだから、慌てるなよ。今度、三人でどこか出かけようよ」


「……、クラスも違うし、僕に構うな」

 やっと発した声は、苦しそうに震えていた。


「おまえ、本当にどうしたんだよ」

 尋常でないことを感じ取った鬼島は、酒井の腕を掴んだがあまりに細い腕に驚き、不安で胸が締め付けられた。


「おまえ、ちゃんと食べてるのか?」

「うるさいな、離せよ」


 酒井は腕を振りほどいて鬼島を睨みつけ、校門に歩き出した。

谷口と目を合わせて後を追うと、校門の空きスペースに一台の車が止まっていた。

酒井がその車に近づき、助手席側のドアノブに手を置くと、運転席側の窓が開き知宏の顔が現れた。


「誰かと思ったら昨日の子じゃないか。君たちも早退かい? ずる休みは駄目だぞ」


 血の繋がりがないのに、雰囲気が似ていると鬼島は感じた。

知宏の表面的な言葉に、酒井の人を寄せ付けない態度に、鬼島は胸騒ぎを覚え思わず後部ドアを開けて車に乗り込んだ。


「おい、何やってるんだ? 降りろよ」

 知宏が困って言うが、鬼島は無視して窓を開けた。


「谷口、俺は早退するから、鞄を頼むな」

「え? 鞄?」

「ああ、明日まで預かってくれよ。じゃあな」


 そう言って、唖然としている谷口を残して窓を閉めた。

知宏はルームミラーで鬼島を見つめていたが、酒井は血色の悪い顔色を、いっそう青白くさせて体を強張らせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ