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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第三章
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壊れる(一)

 昼休みになると鬼島は一組に会いに行くが、酒井は何日も学校を休んでいた。

今日も休みだと告げられ、流石に居ても立っても居られなくなり、そのまま二組に寄って、谷口を呼び出した。


「鬼島君じゃないか、どうしたの? 酒井君のこと?」

 わざわざ鬼島が自分に会いに来る理由は、それしか思い当たらない。


「うん、藤井……じゃない。酒井はずっと休んでいるらしい。病気なのか、谷口は理由を知っている? 家は何処か分かる?」

「休みがちだとは聞いているよ。家が何処か僕は知らないけれど、一組の奴に聞いてやろうか?」

「ああ、そうしてもらえると助かる」


 谷口の面倒見の良さは、以前と変らない。

ありがたいな。

そう感じた鬼島は、谷口と高沢が上手くいけば良いと素直に思った。


「明日までに聞いてやるよ」

 言ってから、じっと鬼島を凝視する。

「分かった。じゃ、よろしく」

 谷口の表情に引っかかるものを感じて、鬼島は胸騒ぎを覚えた。



 翌日の放課後、酒井の家を聞き出した谷口は、鬼島と共に訪れることにしたが、正直、鬼島はほっとしていた。

自分に連絡を入れない酒井と顔を合わせて、何から話していいのか、皆目見当もつかなかった。

人当たりの良い谷口がいれば、しばらく場が持つだろう。


「転校してから会ってないの? 連絡とかは?」


 道すがら谷口が訊いてくるが、少し緊張している様子がして、鬼島はまたもや胸に引っかかるものを感じた。


「転校した年の冬休みに会ったときは、変りなかったよ。当時は、時々連絡し合っていたけれど、六年に進級してからは疎遠になって、そのまま……。何だよ、その顔。何か言いたいのか?」


 神妙な顔つきの谷口に含みを感じて、鬼島がイラっとする。


「じゃあ、何にも知らないんだ。噂も聞いたことない?」

「この前から何だよ、噂、噂って。サッサと言えよ」


 谷口は暫く地面を見つめていたが、鬼島に目を向けると『噂だから、怒るなよ』と言って、話しだした。


「酒井と六年で同じクラスだった奴が言うには、隣町って歓楽街で有名だろ。酒井はよくそこにいるのを見られているんだ」


「は? だから?」


「……、だから一人じゃなくてさ……、何か年上の男性と、いつも一緒だったらしいよ」

「……、やっぱり意味が分からない。だから何だ」


 鬼島の目つきが険しくなり、声に怒気がこもると、谷口が慌てだした。


「あのさ、要するに酒井はパパ活しているらしい、という噂があるんだよ」

「はあ? 馬鹿らしい。ふざけたこと言うなよ」


「だから、そういう噂があるってこと。けっこう校内で一時期騒がしかったけど、気が付かなかった? それで不登校気味なんじゃないか?」


 恐る恐る鬼島に伝えてから、谷口は前方に見えだした石積みの壁に気が付いて指差した。


「ほら、きっとあそこが酒井邸だ。天然石のりっぱな塀で有名だと言っていたけれど、確かに目立つな」

 大きさがバラバラな天然石を、モルタルで固定し上手く積み上げてある塀が、存在感を放っていた。


「大きな家だな……。かなり裕福なんじゃないか? パパ活する必要ある?」


 首を傾げて言う谷口に、

「おまえは、まだそんなこと言うのか! ぶん殴るぞ!」

 言うなり谷口の襟元を締め上げ、かっとなってかみついた。


「うわ! やめて! ごめんなさい。もう言いません」

 鬼島の手が離れると、ゴホゴホと咳き込んで、谷口は涙目になって謝った。


 門柱まで来ると、改めてこの家が豪邸であることが分かる。

それに気後れしながら、谷口がテレビドアホンを鳴らし訪問の目的を話すと、玄関ドアから顔を覗かせたのは、二十歳そこそこの青年だった。


「ちょっとした驚きだ。家を訪ねて来るような友達が柊にもいたんだ。どのくらいの付き合い?」

 不躾にジロジロ二人を眺める青年に、鬼島は不快感を覚えた。


「僕たちは、柊君が小学校を転校するまで同じ学校に通っていました。そしたら、中学でまた一緒になれて懐かしかったです。でも最近、柊君は学校を休んでいるって聞いて、どうしたのかなって、心配になって……、病気ですか? 会えますか?」


 谷口が無難に受け答えすると、青年が眉をひそめて呟いた。


「柊は学校を休んでいるのか……」

 それを聞いて、鬼島と谷口は目を合わせた。


「柊君はここにいるんですか? いないんですか?」

 谷口が訊くが、青年は黙ったまま考え込んでいる。


「おい! 何とか言えよ」

「ちょっと鬼島君、やめなよ」


 谷口が困ったように鬼島をたしなめていると、家の中から太い声がした。


「知宏どうした? 玄関先で何を揉めている?」

 知宏と呼ばれた青年は、ちっと舌打ちして顔を歪めた。


「僕に話を合わせてくれ」

 小声で二人に言ってから、破顔をつくって声のしたほうに振り返った。


「何でもありません。柊の学友だそうです。放課後、研究課題をするはずが、柊はいなかったので、どうしたのか確かめに来たそうです。……、お父さん、お迎えが来ていますよ。今日も食事会でしょう」


 ちょうど車寄せに高級車が止まったのを確認して、知宏が答えた。


「……、柊はまだ帰ってないのか?」

「たぶん、病院でしょう」

「私が帰ったら、部屋に来るように柊に伝えなさい」

「……、いってらっしゃい」


 能面のように知宏が言う。


「懲りずに柊と仲良くしてくれると有り難い。では、失礼するよ」

 フルオーダーで作られたスーツを着こなし、優雅な所作で挨拶をしてから、男は車へと乗り込んだ。



 出て行く車を見送ってから、鬼島が訊ねた。

「病院って、やっぱり病気なのか?」

 知宏はどこか上の空で、視線が合わない。


「いや……、病気なのは柊の母親だ」

「あなたは柊君の義兄ですか?」

 谷口が確かめると、ああ、そうだと答えた。


「とにかく、柊はここにいないから、もう帰ってくれないか」

「病院に行けば、柊に会えるのか?」

 鬼島が訊くのを、知宏が不思議そうに見ている。


「君たちは、本当に仲が良かったのか?」

 鬼島がムッとして知宏を睨むと、

「ああ、いや、今まで柊から聞いたことがなかったからね。そっか、転校前の友達か……」


「どこの病院ですか?」

 谷口が訊いても、

「行っても、身内でないと病院の中には入れないよ。今日はもう帰りなよ。柊には伝えとくから」


 そう言って、知宏は玄関ドアを開けて帰るように促した。


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