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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第三章
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日下部と鬼島の繋がり(三)

 桜井は、鬼島が何を見て何を考えてきたのか知りたかった。

今、彼の意識は、完全にここではないところに行っている。

大地は腹ごしらえして、紅茶を飲みながら鬼島をチラチラ見ると、桜井に囁いた。


「大雅、あいつおかしいぞ。まるで目を開けて寝ているみたいだ」

「し! 過去を旅しているのさ。邪魔をしないで」


 口元に人差し指をあてて、大地に静かにしているように促す。

桜井が空間を操作しだすと、ぐにゃりと居間の光景が曲がりだした。


 それを見て大地は、『あーあ、綾乃さんにばれたらカンカンに怒られるな、俺は知らないぞ』と、綾乃が仁王立ちになって怒っている姿を思い出して、顔をしかめた。



 歪曲した空間が戻ると、桜井と大地は、見知らぬ下町の路地裏に立っていた。

目の前では、ランドセルを背負った小学生四名が、言い合いをしている。


「ああ、うるさいな。だから言ってるだろ。俺は何もしてないって」

 身長の一番高い少年が、鬱陶しそうに相手を睨みつける。


「だけど高沢さんは、きみに苛められたと言って泣いているんだ」

 学級委員に推薦されそうな少年が詰め寄るが、先ほどの少年は腕組をして、側で泣いている少女を黙って見ている。


「鬼島君、黙ってないで何とか言いなよ」

「何を言えってんだよ。高沢、おまえいい加減なことを言うなよ。俺は帰る」

「待てよ! 高沢さんに謝れ」


 学級委員長風な少年が、帰ると踵を返した鬼島の腕を掴むと、その腕をパシッと払いのけた。


「いい加減にしろよ! 高沢、俺はおまえなんて好きじゃない。どっちかというと嫌いだ。おい、谷口! おまえもグチャグチャ言ってないで、高沢が好きなら好きだと言えばいいだろ」


「な、何を言うんだきみは」

 学級委員長風の谷口が顔を赤くして口ごもると、高沢が泣くのを止めて激高して叫んだ。


「鬼島のバカ! バカ!」

 言うなり、鬼島の頬を殴って駆け出し、谷口がその後を「高沢さん、待って」と言って追いかけた。


「痛ってえ。高沢のやつ、思いきり殴りやがった」

 頬をさすり、悔しそうに小さくなる二人の後姿を睨みつけた。


「どうせ鬼島君が彼女に対して、つっけんどんにしたんでしょう。女の子に冷たくすると後が怖いよ」

 今まで成り行きを見ていた少年が、ため息まじりに言うと、

「藤井は分かってたんだろう。何で谷口を止めなかった?」


 鬼島が不機嫌そうに言うと、藤井は困ったように笑った。


「高沢さんは、きみに振られた腹いせに嘘を言ってるなんて、谷口君に言えないよ」

「ふん、まったく、迷惑も甚だしい。それより、やっぱり転校するのか?」

「うん、隣町だからそんなに遠くになるわけじゃない。けど……、通うのは無理だから」

「そっか……、寂しくなるな。けど仕方ない。元気でな」

「うん。鬼島君もね」


 二人は視線を合わせずに、唇をギュッと結んで歩き出した。



「鬼族ってのは、子供の頃からガタイがいいな。あの藤井ってのは日下部だろ? 二人は同級生だったのか」

「そうだね。もう少し先に進んでみようか」


「大雅、これは過去の出来事なのか? やたら過去に戻ると、厄介なことになるのじゃないか? 綾乃さんが黙っちゃいないぞ」

「ああ、ここは鬼島の思い出の中だから大丈夫。だけど事実とは少しずれがあるから、そこは加味しないと真実にたどり着けない」


「鬼島の心の中ってことか? うわぁ、鬼島に悟られたら、おまえ殺されるぞ」

「大地が黙っていれば問題ない」


 桜井は、涼しい顔で言って退けてから、また指を動かした。



 中学に進学して学校にも慣れた頃に、階段の踊り場で、鬼島は谷口に呼び止められた。

彼は、相変わらず優等生然としている。


「久しぶりだね。鬼島君は何組? 僕は二組だよ」

「ああ、谷口か。俺は三組だ。二組は他に誰がいる?」

「聞いて驚くな。高沢さんだよ」


 谷口は指でVサインを作り、歯並びの良い歯を見せてニッと笑った。


「おまえ、まだ高沢を追いかけてるのかよ」

 あきれ気味に言うと、谷口はフフンとふんぞり返って腰に手を当てた。


「これは聞いて驚け。中学生になってから、僕たちは付き合い始めたのだ。高沢さんを慕う僕の一年以上の歳月が、実を結んだのだよ」


 恍惚とした表情になる谷口を、気味悪そうに眺めてから、

「そりゃ良かったな。おめでとう」


 早々に退散しようとしたが、その時谷口が声を潜めて訊いてきた。


「ところでさ、一組に酒井柊と言う生徒がいるのだけど、あれは藤井柊だよね?」

「え? なんのこと?」


「あれ? 知らないの? 藤井君が転校したのは、高沢さんが鬼島君を殴ってからすぐのことだから、ぼくはよく覚えているのだけど、五年の二学期だった。あれから一年半が経ったけれど……」


 そこで谷口は、眉をひそめた。


「人って、そんなに変われるもの? まるで別人みたいだった。前は気さくで明るい感じだったのに……、このあいだ彼に話しかけたら無視するし、視線も合わせようとしない」


 さらに近寄って、鬼島の耳元で小声で話す。


「それに良くない噂も耳に入る」

「良くない噂? どんな?」

 鬼島が訊き返すが、谷口は口籠り、


「きみたちは当時、一番仲が良かったろう。会いに行ってみなよ。母親が離婚か、あるいは再婚して苗字が変わったのかな。今は酒井だよ、じゃあな」


 そう言って、鬼島が訊き返す間を与えずに、階段を下りて行った。

谷口のスキップするような後姿にイライラを感じ、先ほどの内容を思い返すと心が騒めいた。


「何だよそれ。藤井がこの中学にいるのか? 何で俺の所に来ない? 酒井だと、何だそれ」


 踊り場の手すりに、ドンと右手を打ち付けると、ちょうど横を通った生徒が驚いて振り返った。


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