日下部と鬼島の繋がり(二)
大地が焦り気味に手をクイクイさせて、桜井を廊下に呼びつける。
いつもノホホンとしている大地にしては珍しい。
「なに? どうした?」
「いいから、来てみろよ」
桜井を日下部のいるゲストルームに連れて行く。
「スーツ姿で寝かせるわけにはいかないだろ。だから上着とYシャツを脱がせたんだけど……、見ろよ」
大地が、横向きに寝ている日下部のインナーシャツをそっとまくる。
そこにあるものを、桜井は信じられなかった。
おぞましい傷痕が目の前にある。
痛々しい多数の傷跡は、茶色や赤黒く色素沈着を起こしているものや、ミミズ腫れのように赤く盛り上がってケロイドになっているもの、切り傷が白く隆起して線維化しているものなどがある。
正常な皮膚を見つけるのが難しいほど、多くの傷がつけられていた。
「腹にも同じようにある。それも下着で隠れる部分にだけ。古い傷跡みたいだけど……。事故で着いたようには見えない」
大地は、不快なものを見るように眉をひそめた。
「……彼を傷つける人間から逃げるために、死を偽造……、そういう事なのか」
桜井は憂いの帯びた目で呟く。
「何のことだ?」
「大地が見た暴力の現場は、作られた現場、つまり偽装されたものだよ。男は死んだことになって別人となり、どこかで新しい生活を始めている。彼もまた鬼島に殺されて別人になり、日下部として今を生きているんだよ」
大地が、ほんとか、と言いかけたときに、ピンポンと玄関チャイムが鳴り、ドンドンドンと、けたたましくドアを叩く音がした。
「おい! 大地! いるんだろ。お前らいったいどういうつもりだ? 鬼島はどうした。ここにいるのか?」
大声で叫ぶ声も聞こえてきた。
「山本さんだ。隊長から言われて来たんだよ。何て言う?」
面倒なことにならなきゃいいけど、と大地がゲストルームから出て玄関に向かいながら訊く。
「大地はあの二人をどう思う? 極悪人だと思うか?」
「それを今、俺に訊くのかよ。大雅は事情があると言うんだろ。俺だって、あの傷を見れば……、あれは虐待の跡だろ。ああ、もう、大雅の好きにしろよ」
大地は、複雑な人間の心の機微を感じ取るのは苦手である。
さじを投げ、大雅に任せると言って、玄関ドアノブに手をかけようとして、金目に変化した鬼島が、居間から顔を覗かせているのに気が付いた。
「引っ込んでろよ。外にいるのは赤鬼部隊じゃない。俺らの高校の先輩だから、心配ない」
大地が言い、桜井が手で居間に戻るように合図した。
開けるぞ、と大地が玄関を開けると、山本の憤慨した緋色の瞳が現れた。
「うわ! 山本さん、ちょっと落ち着いて。暴力反対!」
大地がからかうように言う。
「大地! ふざけるんじゃねえぞ!」
山本は瞳を燃え上がらせて、怒りを表す。
「山本さん。大地はふざけていませんよ。山本さんこそ緋色の瞳をして、いったいどうしたんですか?」
桜井が何事も無いように問いかけると、山本が一瞬躊躇したように見えた。
「おまえら、鬼島のアジトの抜け道を知っていたな。知っていて、赤鬼部隊に黙っていたのか? 鬼島をどうした? なぜなんだ? なぜ鬼島を渡さない?」
山本は、ふうふうと荒く呼吸して、自分を落ち着かせようとしている。
「それは違います。抜け道を知ったのは赤鬼部隊が突入した直後で、伝えることが出来なかったのです。僕らの目的は、伊青が八重樫の事務所から持ち出した天上人の名簿です。あれは絶対に、誰にも渡すわけにはいかなかった。たとえ赤鬼部隊でもね」
桜井はきっぱりと言った。
「名簿はいい。鬼島は? 隊長の話だと、おまえらが連れて行った可能性が大きいと言っていた。いるんだろう」
「僕らが連れてきたのは、日下部と言う男です」
「日下部? 誰だ、それ」
山本の頭には、鬼島しかいなかったため、初めて聞く名に困惑した。
「鬼島の右腕として働いていた男です。知りませんか? 僕らも会って分かったのですが、日下部は地の民でした」
「なんだって、地の民が青鬼と手を組んでいた?」
「はい。僕は皇として、見逃すことは出来ません。ですから連れてきました。彼を赤鬼部隊に渡すつもりはありませんから、そう隊長にお伝えください」
桜井は、表情一つ変えずに澄まし顔で言う。
「ああ、日下部と言う奴はいい。問題は鬼島だよ。鬼島は? ここにいないのか?」
山本は、疑い深そうに訊くが、
「伊青も鬼島も僕らには関係ありません。日下部は僕らが引き取ります。問題ありませんよね。それで日下部のことで、僕らも今は忙しいのです」
そう言って追い返そうとする。
山本はこれ以上言えなくなり、興奮を静めると、普段の琥珀色の瞳に戻した。
「じゃあ、鬼島がどこに逃げたのか、知らないのか?」
「……、分かることがあれば、山本さんに伝えますから。隊長にもよろしく言ってください。伊青は捕らえられたのでしょう? 良かったですね」
「ああ、まあな……」
まだ何か言いたそうにしていたが、それでも山本は渋々帰って行った。
「納得したかな?」
大地が山本の後姿が見えなくなるまで見送り、玄関ドアを閉めた。
「しないだろ。だから言い訳が必要なんだ。みんな鬼島はここにいると思っているけれど、確証はないし、ここに踏み込むわけにもいかない。いないという言い訳を信じるしかないのさ」
「ふうん。面倒だな」
「環境も習慣も思想も異なる種族が諍いなく過ごすには、必要以上に関わらないこと。みんながこれを実践しているだけさ」
そう言う桜井を見て、皇として過ごした時間が彼を大人にしたのだろう、と大地は思った。
居間に戻ると、鬼島がカーテンの隙間から外を覗いていた。
「あいつは赤鬼だろ。皇の周りには色々な人種がいるな」
鬼島は居間に入ってきた二人に振り向き、金目から褐色の目に戻った瞳で見つめた。
桜井がティーセットを持ってきてテーブルにつくと、大地が早速お茶菓子用のクッキーに手を伸ばして食べだす。
「日下部さんはよく寝ています。お二人は昔からの知り合いですか?」
鬼島と大地の前にティーカップを置いて、お茶を注ぎながら訊いた。
「ああ、小学生の頃からだ」
「あの傷は……、いつ誰に?」
「……見たのか」
鬼島は何かを見るともなく、遠い目をしてティーカップを見つめていた。




