決戦(一)
ベットに寝たきりの弱っている松尾に桜井が精気を与えると、立ち上がれるまでに回復した。
手を合わせてお礼を述べる松尾に、然るべき治療を受けるように言う。
「近藤は行方不明になるから、当然、伊青が探しまわる。一緒にいた久保さんに必ず連絡が入るから、久保さんは伊青との連絡先を絶って、すぐにでも身を隠したほうがいい。どこか隠れる場所はありますか?」
久保が返事に困っていると、桜井がとんでもないことを言い出した。
「思い当たらないのならば、伊青とのことに片が付くまで取り敢えず二人とも一緒に、八重樫さんの所で匿ってもらいましょう」
「無理です! 僕らは敵対する伊青の所で働いていたんですよ!」
「でも、それは間違いだったと気づきましたよね。伊青に騙されて薬物依存になったせいです。話せば分かってもらえますよ。それに竹内と鉢合わせしたら、どんな顔をするかな? 面白いじゃないですか」
本気で面白がっているらしく、桜井の表情が生き生きしている。
久保はただただ閉口して、困り顔になっていた。
八重樫の会社の呼鈴を鳴らすと、来客の対応に顔を出したのは、菅原だった。
「こんにちは、今日はどうしました?」
お客が桜井だと分かると、菅原は先日明里の了承もなく、身内の恥をさらしたことを思い出して、困惑気味に訊いた。
「こんにちは、菅原さん。今日はお願いと、話したいことがあって来ました。こちらに竹内と言う方がいると聞きました。今は何をしていますか?」
「竹内ですか? 事務室にいますが……、どうかしましたか? その方たちは?」
桜井の後ろにいる二人の顔色の悪い男性が気になり、チラチラ見るが、桜井はそれには構わず訊ねる。
「事務室に案内してください。今は事務室で一人?」
「ええ」
「社員名簿や顧客名簿は事務室にあるんですか?」
「え? ええ、そうですけど……」
菅原は小首を傾げて、桜井を見つめる。
「誰でも手にすることが出来るのですか?」
「いいえ、以前はそうでしたが、今は竹内が管理しています」
何が言いたいのか理解できないでいると、事務室からカラカラと扉を閉める音と、人が動く気配がした。
「ここがそうです」
事務室のドア取ってを回して開けると、男がこちらに背中を向けて座っていた。
「こちらが竹内です」
呼ばれて男が振り向く。
ここの事務室には似合わない逞しい体つきをしている二十代後半の青年で、短髪の髪は剛毛で黒く、いかつい顔に似合っていた。
「何ですか、菅原君……」
竹内は徐に立ち上がり、振り向いて一歩こちらに進めた足を急に止めた。
「どなた?」
桜井の後ろに隠れるようにいる二人を見ると、明らかに狼狽しているのが分かる。
「社員の名簿ってどこにありますか?」
桜井が菅原に訊くと、スチール書庫の一部を指差した。
桜井がそこの扉を開ける。
鍵はかかっていなかった。
カラカラカラ……、扉を閉める……カラカラカラ。
「さっき廊下で聞こえた音と同じだ」
桜井が、これ見よがしに言う。
「竹内さんは、社員名簿を見ていたんですか?」
竹内は片眉を上げて険しい顔で桜井を睨みつけて答える。
「いいや、俺はここで座って書類整理をしていただけだ。それが何だ」
「……ですよね。素直に言うわけないか。久保さん、松尾さん、こちらに来てください」
「久保と松尾だって!」
竹内よりも早く反応し、叫んだのは菅原だった。
二人は、目を白黒させている菅原の脇を通って部屋に入ると、竹内と対峙した。
「おまえら裏切ったな!」
その瞬間、激高した竹内が二人に飛び掛かった。
恐ろしさのあまり松尾はしゃがみ込み、頭を抱えて震えだした。
久保の口からは、ヒーと空気の漏れるような音がでて、失神寸前なようすだ。
桜井が瞬時に竹内の周りに火と水の壁を作ると、躊躇して足を止めた。
竹内を中心に丸く火の壁を作り、その周りを水の壁で覆ったのである。
「何だこれは! おまえは誰だ!」
竹内の瞳はギラギラと金色に変化し、怒りで短髪の剛毛が逆毛だって広がっている。
「へえー、やっぱりあんたたちは青鬼族なんだ。道理で先生が近藤に、初めは適わなかったわけだ」
「近藤だと。近藤がどうした!」
竹内が前進すると火にあぶられるため、仕方なく後ずさりして悔しがる。
「近藤は僕らが預かっている。あんたもそうしていいのだけど……、ちょいと大変そうだな」
エドガーがしたように竹内の顔に水の膜を張り付けてみるが、竹内は思いきり吹いて水を弾き飛ばした。
水は火にあぶられて、じゅっと音を立てて水蒸気となって消滅した。
「ふふ、やっぱりね。凄い馬力だ。あんたを大人しくさせるには殺すしかないかな」
奇妙な笑みを浮かべて桜井は竹内を凝視すると、さすがにこの状況で、竹内に一抹の不安が生じた。
「あんたをここで丸焼きにしてもいいんだよ」
楽しそうに言う桜井を、菅原は恐ろしく感じた。
竹内もさすがに黙り込んだままだ。
「やっと静かになりましたね。これで聞く耳を持てたかな?」
事務室の中が静かになると、廊下の雑音が聞こえてきた。
「皇が来てるって? どこに?」
明里の慌てている声がしたと思ったら、ドタバタと廊下を走る音がして、バタンと乱暴に事務室のドアが開いて明里が現れた。
「ぎゃあ!」
水と火の塊を見た瞬間、明里が悲鳴を上げた。
次に塊の側に皇が、その後ろに菅原が呆然と立っているのが目にはいり、その足元に二人の弱々しい男がしゃがみ込んでいるのに気がついた。
「え! 何? 何が起こってるの? ちょっと、菅原」
明里は手でクイクイと呼んだ。
菅原は自分の知り得たことを、かいつまんで明里に話した。
「何ですって! この二人が久保と松尾で、裏切者は竹内で、あの塊の中にいるっていうの?」
明里が改めて、水と火の塊の中心部を凝視すると、確かに体格のいい男がいた。
「竹内が青鬼族だったなんて……、当然伊青も青鬼だわね。ああ、だとしたら力じゃ勝てないわ」
明里が悲嘆にくれる。
「大丈夫ですよ。他の天上人が助けてくれます」
桜井が安心させるように、ニッコリして答えた。
「それよりも、今はこの竹内をどうしようか考えているところです。僕が力を使うと、殺しちゃいそうで困るんです。かといって自由にさせるには危険すぎるし……」
無邪気に悩んでいる桜井を、この部屋にいる全員が愕然としたまま見つめていた。




