浸潤(一)
桜井の家にやって来た菅原は、保健室のときと同様に肩身の狭い思いで、リビングの椅子に腰かけている。
周りにいる連中は、興味津々で耳をそばだてる。
最近は訪問者も増えたため、新しく揃えたティーセットを嬉々として使用している桜井である。
「今は、フレーバーティーがお気に入りなんだ。さあ、どうぞ」
いそいそと接客している桜井を、みんなは不思議そうに眺めている。
目の前にいる小柄で愛らしい男子が、恐ろしいほどの能力を秘めているなどと、誰が信じるであろう。
「さ、菅原さん、どうぞ。これを飲んだら、気になることを教えてくださいね」
菅原の前にティーカップを置いて、ニッコリと微笑む。
他の連中も入れてもらった紅茶を飲んでいると、大地がじれったそうに、
「山本さん、長谷川さん、森林公園に行こうよ」と誘う。
しかし、菅原の話を聞いてみたい二人が、どうしようかと渋っていると、
「俺が、あとで大雅から事情を聴いて教えるからさ、それでいいだろ」
大地が、まだるっこそうに言う。
「ははは、大地は遊びたくて仕方ないようだ。お二人とも大地に付き合ってもらえますか?」
桜井も、その方が菅原にとっても良いと考えた。
「ああ、じゃあ暗くなる前に行くか」
大地と力比べをするのは確かに楽しいので、山本は長谷川を誘った。
大地はピョンピョン飛び跳ねるように一目散にかけて行く。
「大地はエネルギーが有り余っているようだな」
後姿を笑いながら見送り、くるりと菅原に向き合った。
今このリビングには、桜井と菅原の他には地の民である藤原がいる。
「お二人はお互いに、神来人とは気が付かなかったのですか?」
まあ、それも無理もないかと思いながら、桜井は訊いた。
「ああ、知っての通り、私自身が地の民だと知ったのは、つい最近のことだからね」
藤原が答えたが、いまだに菅原が天上人であるとは信じられなかった。
当の菅原はどこかぼんやりとしている。
「菅原さん? 大丈夫ですか? そろそろ聞かせてください」
桜井はお代わりを入れなおしながら、気を引きしめた。
「長谷川さんから聞いたのですが、八重樫一族と関係があるそうですね?」
八重樫と聞いて菅原は一瞬辛そうに目を瞑り、深呼吸を一つして口を開いた。
「明里さんは八重樫の唯一無二の直系血族なんです。サラブレットの彼女は気位が異常に高く、決して弱音を吐かないでしょう……。先日話に出た闇取引の件ですが、実際のところ、悲しいことに増えてきています。どうも、身内に裏切者がいるようなんです」
菅原の目が泳ぎだして、落ち着きがない。
「生活に困った者が能力を売りに来ても、我々はよく考えるように、一度は帰します。再び来る者が少しでも減れば、それは良いことだと思っていました。しかし、実際はさらにひどい状態に陥っているのが分かりました」
ずっとティーカップを持っているのに気がついて、ソーサーに置いて話を続ける。
「彼らの前に高利貸しが現れ、あまい言葉を言われて、金を借りてしまいます。もう、それからは借金地獄ですよ。毎日厳しい取り立てにあい、結局、二束三文で能力を奪われる羽目に陥ります。ですから、自ら命を絶つ者も出始めているようです」
「裏切者とはどういうことですか?」
「そんなに都合よく、金銭に困っている天上人の前に、能力を奪う者が現れるわけないじゃないですか。八重樫の所の名簿を流している裏切者がいるんですよ。間違いありません」
「明里さんはどうするつもりなんですか?」
「取り敢えず、相談に来た天上人の家を訪問していますが、すでに毒牙にかかった者ばかりで……、能力を奪えばもう用済みとばかりに、闇取引の連中とは連絡がつきません」
「連中のことで判明していることってありますか?」
想像を上回る問題が発生していることに、桜井は驚き困惑している。
「連中は、能力を抜き取る者を摘出者と呼び、入れる者を挿入者と呼びます。分かっているのは、摘出者は久保と言い、挿入者は松尾と言う者です。リーダーは伊青と言って、筋骨隆々であることから、我々『悪魔の力』を持つ一族とは思えません」
藤原はかける言葉が見つからず、ただこの緊張感漂う空気に圧倒されている。
「アジトとかは?」
桜井も、今は情報を聞くことしか出来なかった。
「それは残念ながら、はっきりしていない。上手く逃げ回っているみたいだ」
それだけ言って、虚ろな目をして窓外の景色に目を移すと、丁度森林公園で暴れまくった三人が、笑いながら戻ってくるのが見えた。
「彼らは元気があって羨ましいよ」
ぽつりと独り言を言う菅原の横顔が、とても寂しそうに映った。
「事情は分かりました。僕も出来る限りのことはします。連絡は密にしましょう」
桜井が言うと、藤原も微力ながら何でも協力すると伝えた。




