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天鵞絨の吐息  作者: 空木白檀
第三章
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山本月緋という男(二)

 自分の拳で、長谷川を痛めつけてしまったことに躊躇して怯んだ山本を、宗方が羽交い絞めにして動きを封じ込める。


「離せよ!」


 振りほどこうとして暴れるが、そうはさせまいと、宗方はさらに手に力を加える。


「山本さん、正気になってください」


 羽交い絞めを外されないように必死になるが、山本は身動きが取れなくなると、意外にも素直に大人しくなった。

ほっと宗方の気が緩んだときに、後ろで桜井の声がした。


「いったいそこで何をしているのですか?…………、え! どうしたの?」


 外がいやに騒がしいのに気が付き、桜井が様子を見に家から出ると、目と鼻の先で背中を丸めて苦しがっている長谷川と、宗方が自分よりも大柄な男を羽交い絞めにしているのが目に飛び込んできた。

何事が起きたのかと目を丸くしていると、長谷川の脇で屈んでいる大地と視線が合った。


「何があった?」


「言っとくけど、俺のせいじゃないからな。そこのデカブツの拳が長谷川さんの鳩尾に入ったんだよ。……大丈夫? 動ける?」


 大地が長谷川の背中にそっと手をやる。


「うん、すげえ痛いけど……、大丈夫だ」


 顔を歪めながら大地の手を借りて、そろりと立ち上がる。

山本はと言えば、宗方から自由になりバツが悪そうにしていた。

緋色の瞳は琥珀色に戻り、落ち着きを取り戻している。


「すまない。殴るつもりはなかった」

「分かってます。俺が急に前に立ったからだし、気にしないでいいッス」


 大地の肩に腕を回して、青い顔をして言った。


「あー、とにかく家に入りましょう」


 何が起きたのか知らない桜井は、困惑しながら皆を家に入れた。

山本は大人しくついてくる。


お茶のペットボトルとコップを用意して、皆の分を注ぎ前に置くが、誰も口を開かない。

仕方なく桜井が、宗方の知人に自己紹介をする。


「初めまして。桜井大雅と言います。宗方さんから頼まれたことで来たんですよね?」

「…………ああ、山本月緋だ。騒ぎを起こして悪かった」


 山本は、いたたまれなくなって窓際に移動すると、一気に頼まれていたことを喋り出した。


「菅原のことだけど、おまえらが心配するように、確かにおかしい。あいつが考え事をするときは、耳障りがするほど独り言を言うのが普通なんだ。だけど、ここ数日はいないみたいに静かで、心ここにあらずとばかりに、ぼんやりと過ごしている。あれは、相当大きな問題を抱え込んでいると思う」


「そうですか。ありがとうございます。ところで、外で何があったんですか? 喧嘩?」

 だれも説明する気がないのが明白なので、直接聞くしかない。


「ああ、俺が悪かった。俺の勘違いだ」

 山本は眉間に皺を寄せて、腕を組んだ。

「勘違いって?」

「…………」

「どんな勘違いをしたんですか?」


 山本は黙っているが、桜井は食い下がる。様子を見ていた大地が手を上げた。


「何? 大地」

「そいつ多分、人間じゃないぜ」

「え!」

「だって、俺に殴りかかってきた時、目がこう、燃える炎のように赤かったぜ」


 大地が好奇心丸出しの顔で言うと、


「そいつじゃない。山本さんだ。気をつけろ、先輩だぞ」

 宗方が注意すると、大地はふんとそっぽを向いた。


「先輩なら、理由もなく後輩を殴っていいのかよ」


 大地が詰問するように問うと、宗方は言葉に詰まり山本に目を向ける。

山本はそれに対して、ただ自分が悪かったと言うのみである。


「……赤……鬼……」


 桜井が呟くと山本の体が、ピクンと震えて振り向いた。

視線が合うと、山本はキョロキョロあたりを見回してから、

「知っているのか?」と意外そうに訊いてきた。


「ああ、いや、うわさで少し」


 皇として地方に出かけていると、色々とうわさ話が耳に入ってくる。

鬼の話も聞いたことがある。

たしか、赤鬼と青鬼の血を引く民族がいて、彼らは互いに仲が悪く、運が悪いと争いごとに巻き込まれるから、気を付けたほうが良いと言われた記憶がある。


「勘違いって、もしかしたら大地のことを青鬼とでも思いましたか?」


 山本は桜井を、穴が開くほど見つめた。


「ああ、その……彼の目の色が金色に輝いていたから、つい。青鬼が俺らに攻撃を仕掛ける時は、いつも金色の瞳になるから勘違いをした。すまない」


 潔く頭を下げた。

長谷川は手を軽く上げて応え、大地も口の端を上げてニヤリとした。


「そうですか。彼は織部大地と言います。鬼族ではないし、暴力は振るいませんから、安心してください」


 大地の説明は難しいので、そこは端折った。

そのうち宗方から聞いて理解するだろう。


「長谷川さんも大丈夫そうですので、菅原さんの話に戻っていいですか?」


 山本は、色々うるさく鬼族について訊かれるものと覚悟をしていた。

しかし見事に肩透かしを食らって、琥珀色の瞳を大きくし、『こいつら何者だ?』と思わずにはいられなかった。


 そんな山本の思いに気が付いて、桜井がニッコリと微笑んで伝える。


「大地のことを知れば、きっと気に入りますよ。彼、暇だと不機嫌になるから、暴れたいときは相手してやってください。ね、大地?」


「ああ、そうだな」

 大地はすでに興味を失くしたらしく、伸びをしてお茶を飲んだ。



 山本の言うように、菅原の悩みは重大なことだと桜井も感じていた。

そして、たぶん菅原の能力と関わっているはずだ。


「菅原さんの悩みを聞き出したい。何かいい手はありますか?」

「何できみが? あいつは変人扱いされてる奴だぞ」


 以前から、こいつらが妙に菅原に関わるのを、不思議に思っていた。


「…………。山本さんは神来人、もしくは天上人の話を聞いたことがありますか?」


「え? ああ、そうだな。俺は会ったことはないが、聞いたことはあるぞ。俺らの争いに関わる連中が、たまにいるらしい」


 意外な名を聞いて、びっくりしている。


「菅原さんは、その天上人です」

「えええ!」


 相当驚いたらしく、見開いた瞳が琥珀色からオレンジ色に変化しだした。

激しい感情の揺れで、目の色が変わるらしい。

桜井がギョッとして、慌てて言う。


「山本さん、目の色が変化してますよ!」

「ああ、すまん。大丈夫だよ」


 山本は目を閉じて深呼吸した。

再び開くと、瞳は元に戻っていた。


「信じられないけど、そうなんだ。……、じゃあ、きみらも? ああ! 今日は、それはもういいや! うん、分かった。お詫びを兼ねて、俺が菅原から聞き出すよ。それで今日のことは水に流してくれ」


 グジャグジャの頭を整理しながら、山本はひとり納得して言った。


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