山本月緋という男(一)
早速、翌日の月曜日に青木の施術が決まった。
放課後の保健室に桜井と菅原とエドガーは当然のことで、あと岩緑青の三羽烏と、さらに五十嵐と坂本も集まった。
菅原が、両手の中に淡く光るものを出すと、桜井がそれを受け取って青木の両目に当てた。
すると光は青木の体に入って行った。
桜井の両手が離れると、青木の目から喜びの涙が溢れた。
「ありがとう桜井君。ああ、嬉しい」
自分の体から離れた桜井の手を取って、青木が喜ぶ。
「体に能力が宿ったのが分かりますか?」
「ええ、勿論よ。試していいかしら?」
青木が指パッチンをしようとするのを、桜井が止めた。
「落ち着くまで、今日一日は使わないように」
『つまらない』と残念がってから、部屋の隅で居心地悪そうにしている菅原に気が付いた。
「犯人はあなたなのね。私に恨みでもあったの? え! 何とか言いなさいよ!」
元気を取り戻した青木は、今までのうっ憤を吐き出した。
「花音、キミの憤りも分かるけれど、彼も反省しているから許してやれよ」
エドガーが仲を取り持つが、花音の怒りは収まらない。
「先生、彼らは辛い歴史をもつ民です。僕に免じて許してくれませんか」
「桜井君にそう言われたら、何も言えないわ……。分かったわよ。ただし、二度とこんなことするんじゃないわよ」
ギリッと睨むと菅原は消え入るような声で謝り、終始俯いている。
彼を見ていると、桜井はもの悲しくなる。
きっと彼らは気の遠くなるほどの長い時を、病弱で短命な人生を悲観しながら生きてきたのだと思う。
彼らに幸せになってもらいたいと願った。
「菅原さん、青木先生はもう大丈夫です。八重樫さんとお父さんにそう伝えてください」
桜井が針のむしろ状態の菅原を助け出そうと、保健室の扉を開ける。
彼は廊下に出てから振り向くと、何か言いたそうな素振りをみせた。
「どうかしました?」
その様子が気になり声をかけるが、菅原は頭を振って無言のまま立ち去った。
扉が閉まると、興味津々に眺めていた連中が、各々思ったことを言い出した。
初めにエドガーが今までの協力に感謝を述べる。
「みんな、色々と世話になった。ありがとう」
「先生、英語の点数を忖度してくれますか?」
坂本がおどけて見せると、
「それは無理だな。しっかり勉強したまえ」
と笑いながら答えた。続いて青木が頭を下げる。
「元に戻れたのもみんなのおかげ。本当にありがとう」
「先生、良かったな。暗く沈んでいた顔が明るくなったよ。やっぱ先生は元気が似合うよ」
坂本が言うと、五十嵐が大きく頷いている。
部屋の隅では三羽烏がひそひそと話し込んでいた。
「番長と元番長もありがとう。菅原を見つけ出せたのは、キミたちのおかげだよ。ところで、大地、そこで何の悪だくみの相談をしているんだ?」
エドガーがにこやかに言うと、
「嫌だなあ、誤解だよ。また森林公園に行こうって話を、していただけだよ」
大地もにやついて答えた。
「大雅君、どうした? 何か気になる? 菅原のことかな?」
大雅の顔色が優れないのに気が付いて、エドガーが訊いた。
「ええ、元気がないので……、大丈夫でしょうか?」
「怒られて気落ちしているだけじゃないの?」
青木は、まだ不機嫌そうにしている。
「ならばいいのですが……。何か言いたそうでした」
納得しない桜井を見て、宗方が提案する。
「あ、じゃあ、三年に知り合いがいるから、そいつに菅原を見張ってもらおうか?」
「本当ですか。お願いします」
「よし、わかった、任せろ。まだ校内にいるかもしれないから、ちょっと捜しに行ってくるわ。長谷川、行こうぜ」
またな、と手を振り振り二人は出て行った。
宗方の知り合いとは、以前でも菅原の人物像を訊ねたことのある山本月緋である。
人一倍大柄で骨太で逞しく、二学期が始まるまで柔道部の主将をしていた。
今では理由も忘れてしまったが、肩が触れたとか、ガンをつけたとか、そんな些細なことだったと思うが、宗方が一年のときに二年の山本と殴り合いの喧嘩になったことがあった。
勝負は引き分けになったことで、山本は宗方を妙に気に入り、藤原と共につるむことが多くなった。
本来ならば、三年に進級した山本が番長になるはずであったが、元々成績の良かった山本が、一年間宗方たちと遊んだ後れをとるために、これからは勉学に勤しみたいから、代わりに宗方が番長になってくれないかと頼んできた。
宗方が躊躇して、中々『うん』と言わず、山本が困り果てていたのを、藤原が表立っては出来ないけれど、一緒に協力すると申し出て、ようやく宗方が番長を引き受けたのだった。
岩緑青高校では、表立ったことは生徒会が、裏では番長が動いて問題を解決する習わしとなっている。
山本は菅原と同じ特進コースなので、都合が良いと見張り番を頼んだわけだが、何故か『大地に合わせろ』と長谷川と同じことを言い出したのには、困り果てた宗方だった。
仕入れた情報は有益だと、得意げに言う山本だったので、仕方なく日曜日に桜井の自宅に連れて行くことにした。
大地には、男の原始的な本能である闘争心をあおる、何かがあるのかもしれないと、宗方は考えた。
大地に会うのに長谷川を誘わないと、絶対あとで文句を言われるのに決まっている。
それは面倒くさいから長谷川にも声をかけて、山本と三人で桜井の家に向かった。
森林公園前まで来たときに、ちょうどランニングから帰ってきた大地と鉢合わせした。
大地の特徴ある髪の毛が、汗で額に張り付いていた。
うるさそうに前髪を拭うと、朝日の光で瞳が金色に輝いている。
「おう、朝っぱらからランニングか。相変わらず元気良いな」
宗方は、その目を猫みたいだなと感じた。
「おはよ! ……」
言い終わらないうちに、山本がぐいと前に進み出て大地の金目をジロジロ眺めた。
「おまえやっぱり……、人の縄張りに来て挨拶もなしか!」
言うなり、いきなり大地に殴りかかってきた。
普段、体に似合わず温厚な山本が理由もなく暴力をふるうのを見て、宗方と長谷川は目が点になる。
「あっぶね。前に会った奴じゃん。急に何するんだよ」
危うく顎に拳が当たりそうになったが、後ろに飛びのいてかわした大地は、怒るでもなく、面白そうに山本を眺めた。
「あんた強そうだな」
ぺろりと舌なめずりして、今度は大地が飛びかかった。
山本は大地を捕まえようとするが、すばしこくするりと逃げ回るために、中々捕まえられない。
しだいにイライラして、逆上した山本は聞いたことのない声で吠えた。
宗方と長谷川は呆気に取られて、目の前の情景を只々見ていることしか出来なかった。
「長谷川、どうしよう」
おろおろしながら宗方が言うが、長谷川にもどうしたらいいか思いつかない。
「とにかく、俺が山本さんをとめるから、宗方は大地を頼む」
「わかった」
宗方と校内一身長のある長谷川が、二人をとめに喧嘩の真ん中に無謀にも入って行った。
長谷川が山本の前に分け入ると同時に、山本の拳が勢い余って飛んできた。
身を躱す間もなく鳩尾にパンチを食らい、吹っ飛ばされた。
それを見た大地が宗方を躱して、道路に落ちる長谷川の下に滑り込んで彼を受けとめる。
「長谷川さん、大丈夫ですか?」
大地が長谷川を抱いたまま起きだして、心配そうに訊くが、声も出せずに呻きながら、苦悶の色を浮かべていると、ゲホゲホと呼吸困難になって、嘔吐した。
道路に飛んだ二人を見て、慌てて宗方が山本の胸ぐらを掴んだ。
「山本さん! 何やってんですか? どうしたって言うんです?」
悲鳴に近い声で怒鳴った。
山本の瞳は燃える緋色をしていて、それを見た宗方は、氷を浴びたように背筋が凍った。




